肝胆を晒せ(2)
野を駆け、泥に足を踏み入れ、時に這いつくばり雨に濡れることも厭わない生き物。
それが我々だ。
群れを成し、他者の肉を喰らい飢えを凌ぐ。
それが我々だ。
何時しか希い首を垂れるものに囲まれ、畏怖されてきたのが我々だ。
群れの長により齎されたそれらを時に護り、見送るのが我々だ。
生殺与奪。弱きものの守護。それは生活の一部である。
それは先祖から受け継ぎ、我々の肉体に刻まれた生きるための術である。
だが、これは何だ。己が眼前に広がるこの光景は何だ。
"それら"と共に生きてきた我々にとって、それは度し難い行為だった。
「カケボシ様!今日もお守りくださりありがとうございます!」
「いい天気ですねぇ、カケボシ様」
「カケボシ様。どうかこの村をお守りください…」
「かけ、ぼしさ、ま…」
私の目の前で見慣れた幼子の姿が、似合わぬ血錆に上塗られた。
それは振り返ると叫ぶ。
「いたぞ!」
喚き立てる害獣の喉笛に牙を立て、これ以上騒がぬよう屠る。
この胸を掻き立てるは、憎悪と復讐。
安心しろ幼子よ。一匹残らず肉塊にしてやるからな。
「───あれ?」
私は軽く寝違えた首筋を押さえつつ疑問の声を上げた。
どうやら雑誌を読んでいるうちに寝落ちてしまったらしい。
土の匂いが濃く、周りを立派な幹の木々に囲まれた場所に勿論見覚えは無い。
(また夢の中?でも今日は)
携帯ゲーム機を触っていない。にも関わらず、彼女の右手には仰々しい腕輪と大剣が。
「うへぇ…どうやったら夢見ないで寝れるのさ」
無意識的な願望が強いのかなと考えながら立ち上がる。
此処にいてもしょうがない。近くに村は町がないか探そう。
目的を決めた時。森の奥で何かが動いた。
「─ッ!」
警戒を強め、側の大木に跳躍する。
息を潜めじっと観察していると、大柄な男達が奥から歩いてきたのが見えた。
ホッとしたのもつかの間。もう一度波澄は息を潜めた。
「クソッ気のせいか」
「まだここいらにいるはずだ。とっ捕まえろ!」
「ア、アニキ…もうあれは諦めたほうが」
「うるせぇ!!」
彼等が手に持っているのは血に濡れた刃物。
殺意を隠しもしない複数の人間が、彼女の眼下で獲物を探していたのだ。
(どうしよう?どうしよう!?)
何が目当てなのか。
心臓が体の中で暴れている。
早くどこかに行ってくれないか。
手の震えが止まらない。
(…どうしようって何を?)
血を見ただけでこんなに震えているのに。
恐くて動けないのに。ビビって泣きそうなのに。おこがましくも事態をどうにかしようと考えている。
(自分の命も賭けられないのに)
私は気づいてしまった。
今まさに誰かがあの刃物を向けられているのかもしれないのに、傷つきたくないと考えていることを。
一番傷つきたくないのは、大事にしたいのは自分なのだ。
(馬鹿!能天気!脳みそお花畑!)
何が好きだ。届かない場所で愛を叫んだところで所詮は自己満足。
"此処"に。この世界にいるのに自分は何をしている。
「セルフSAN値チェックか!」
騒いでハッとする。下を見るが男達はその場を去った後だった。