肝胆を晒せ(4)
「どうか。安らかに」
そこには、幼子の顔を拭い清める女がいた。
血に濡れた大地を掘り、村人の骸を埋める女がいた。
憐れみをもって墓に花を手向ける女が、人間がいたのだ。
どうしてだ。どうしてそんなことをするのだ。
どうして村の者と同じことをする!!
腹の底から声を上げる。全てを壊すように、全てを吐き出すように。
私は気が済むまで声を上げ続けた。
(むっちゃ怖ぇ)
少し離れたところに佇み、何度も遠吠えする巨大な狼に、波澄は怯えていた。
血で汚れていても分かる御空色の鬣。
遠吠えは、いったい何を思ってしているのだろう。
どことなく悲しそうな様子を見つめていると、急に身体に痛みが走った。
「よくも…」
声のするほうへ身体を向ける。遠く離れた藪の中で銃を構える男がいた。
銃口からは白い煙が細長く流れ、消えていく。あの男に自分は撃たれたのだと気づくと同時に、男は慌てたように小銃を投げ捨てると新たな銃器を取り出した。
「この化け物がぁああ!!」
出てきた大筒。神機の盾でガードしようと彼女は背中に手をやるが、そこに目的のものはない。
神機は簡易的な墓の前に刺したままだ。
(しまった!)
鼓膜を破りそうな砲撃の音に、波澄は蹲ることしかできなかった。
「グルゥウウ……」
「コイツ!まだ動けんのか!」
「なんで…」
巨躯の狼は、その身から大量の血を滴らせながら、波澄を庇うように立ちふさがっていた。
急いで狼に駆け寄ると、彼女を一瞥したが危害は加えてこない。
自分の上着を包帯代わりに押し当てるが、出血が止まる気配は無く。
焦る波澄を見下ろしていた狼は、汚れの少ない尻尾を使い彼女を己の背後に押しやると駆けだした。
この島の生態系の頂点に立つ超狼にかかれば、友好的ではない人間なぞ、ただの被食者でしかない。
容赦のない一撃に、男の悲鳴は身体と共に飲み込まれた。
辺りに静寂が戻る。獲物を仕留め終えた狼は此方に一歩踏み出したが、身体が揺らぎ、倒れてしまった。
「し、しっかりして!」
苦しそうに息をする狼の傷に再び上着を押し当てるが、既に布は血が吸えないほど真っ赤に染まっている。
(どうしよう、どうしよう──!)
この狼は自分を庇ってくれた。
何とか救う手立てはないかと考えていた時、リュックの中に入れていた存在を波澄は思い出した。
血に塗られた小屋の中で永遠の眠りについた犠牲者。
彼等の凭れていた壁の隙間に流れる血液を辿り、見つけた隠し部屋の中にそれはあった。
古びた木製の机に布が敷かれ、宗教的な意味合いがありそうな飾りに囲まれた、表面に渦巻き模様がある果実───悪魔の実だ。一口でも食した者は特殊な能力が身に付く。
(これが原因で村は襲われたのだろうか……)
憶測をしつつ、サクランボ大の大きさの実を手に取る。
二度とこんなことが起こらないように、何処かに捨ててしまったほうがいいだろう。
そう思ってリュックに入れておいたのだ。
「狼さん?狼さん!!」
何度か大きな声で呼びかけると、彼(?)は大きな宝石のような目をこちらに向けた。
「これ!見つけたの!食べて元気に────」
言葉はそれ以上続かなかった。
カッと目を見開いた狼が唸りを上げ、悪魔の実ごと波澄の右腕を喰い千切ったからだ。
(あ、死ぬ)
自分の右腕から血が吹き出すのを。狼の喉仏が肉を嚥下したのを他人事のように見た。
それを最後に、彼女の意識はブラックアウトした。