04

習いたての子供が書くような、崩されていないアルファベット。
書き損じで黒塗りが目立つが、一文、一文、時間をかけて書かれた文字達は、温かく彼の心に沁みていった。
メモを受け取ると笑顔になる彼女。礼を言えないのがもどかしい。
このやり取りは盗聴されているのだ。
前任者が金のために”次元聴閲者”の情報を隠蔽し、外部へ持ち逃げを図ったための措置だ。

”次元聴閲者”とは自らの意思かどうかを問わず、様々な要因を元に生身で自身が存在する空間から別次元に移動した人類のことを指す。
空間移動の際に特別な力を宿すというが詳細は不明。
何故なら、大半は発見した時には既に発狂していたせいだ。
そのため検証は遅々。
異界の存在と渡り合うために、上層部は生きている彼女の状態を確認するように命令してきた。

「警部補ー!彼女目を覚ましましたか〜?」
「最悪だ…」
(クソみたいな街に落ちてきた、この女を)

責任を感じ、しかめっ面だった自分に笑いかけてくれた、何も知らない傷だらけの女性を。
保身のために売れと言われたのだ。
奥歯を噛み締める。
走り込んできた部下に八つ当たりに怒鳴りそうだ。頭の片隅で、どこか冷静な自分が俯瞰で見ている。止めはしない。
どこかで吐き出さなきゃ、この職業はやっていけない。

だが、彼が怒鳴るより早く。部屋の中に騒音が響いた。
咄嗟に音源を探ると、先程まで大人しかった彼女が点滴用のスタンドを蹴り倒していた。
視界にあるもの全てが気にくわないかのように、壁に投げつけ、叩き壊し、薙ぎ倒す。
騒音を聞きつけた看護師や医師が押さえつけバンドで拘束する。
声無き悲鳴を上げる彼女が鎮静剤を射たれて眠るまで、彼等は病室の外で待つことしか出来なかった。

面会は一時的に謝絶。
担当医に呼び出された二人は、人払いされた個室に通された。

「……何で、あんなになった」
「通常の診療で判断するなら、PTSDの可能性が非常に高いです。監禁、暴力の被害者であろう彼女は、突然走り込んできた男性を見てフラッシュバックを起こしたのでしょう。襲い掛かってくる暴漢に見えていたかもしれません」
「っ!」
「彼女は自分の身を守ろうとした。だから近寄らせないように暴れた」

症例を元に語られる彼女は、とても弱い存在だった。

「それに、彼女が"次元聴閲者"である場合、気が狂っているとしても何ら不思議ではありません。会話も出来ない、制御も意志疎通も無理なら、戦力になりませんな」
「…そうか」
「然るべき処置を施しておきます」
「あぁ、頼んだ」

こうして本人の知らないうちに、彼女の処遇が決まってしまったのだった。
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