混沌とココア



その日のうちに、仄華は傷跡を消すため異界産の塗り薬を全身に塗りたくられ、看護師の古着をいくつか譲ってもらい退院した。
事情を理解しない内に裸にされそうになった彼女がまた暴れたことが決め手になったのか。
ダニエル・ロウ警部補は監視報告の任を解かれた。






「と、いう訳だお前等。上に漏らすなよ」
「…」
「「「「えーーーーーーっ!?」」」」
「お待ちかねのMVPだ。丁重に扱えよ?特に男。虐待されてたからお前等の顔見ただけできっとPTSDの症状出すぞ」
「さらっとひでぇこと言ったーーー!!」

HLPDの面々は手で顔を覆いつつ、文句を口にした。
何処にでもいるような格好をした少女を連れたダニエル警部補は、悪戯が成功した少年のような顔で部下を見た。

【これから声を出すな】

彼女の暴れる姿を見て、何か言いたげだった部下にメモを見せ黙らせる。
自分達がどうこう言っても上層部の判断を覆すことはできない。
なら、それをできる奴に喋らせればいい。
そして、盗聴器越しに報告した担当医師の言葉が上層部の意向を決定づけた後。
看護師に頼んで薬を塗ってもらい、彼女を退院させた。

(市民守んのが、俺達警察の仕事だろう)

「おい、いい加減静かにしろ。怯えてんだろうが」
「ハッ!?」

警部補のトレンチコートのベルトを縋る様に掴んだ彼女は、彼の背中に隠れ、部下たちの様子を伺っていた。
全員口をミッフィーにして黙る。
しかし、彼女と交流したい部下の一人がゆっくりと手を挙げた。

「発言を許可する」
「彼女の名前はなんですか?どこから来たんですか?」
「…」
「今、あっ…て顔した!」
「マジかよ!?」
「名前も何も聞いてないんですか?!」

数々押し寄せるブーイングにダニエルは叫んだ。

「うるせーっ!!声出ないんだから仕方ねえだろうが!」
「ちょっ、警部補も声がデカイ!」
「ア゛ァ!?」
「っ…」

大声に怯んだ仄華はその場にしゃがみこんで頭を抱えた。
きつく目蓋を閉じ、奥歯を噛み締め続ける彼女は、殴られる衝撃に備えていた。
警官達は気まずくなり黙る。
守る対象から怯えられるのは、堪えるものがあった。


「おい」
「っ…」
「アンタに向かって怒鳴ったんじゃない。うるさくして悪かったな」

謝罪の言葉を理解した彼女は、わざわざしゃがみこんでくれた彼の顔を見た。

(また眉間に皺が寄ってる…)

自分を気にかけてくれる人には笑っていて欲しい。
病院の時のように手を延ばしたが、彼女は引っ込めてしまった。
父親に罵声を浴びせられながら暴力を振るわれたことを思い出し、手が震えてしまっていたからだ。

(大丈夫な態度が出来ないなら、気を遣わせるだけだ。落ち着け、大丈夫。前よりマシ。まだ、殴られたりしてない)

何度も深呼吸をしている彼女を見ている彼等は、掴まり立ちを成功させそうな子供を見守る親のよう。
手の震えが治まり、彼女が顔を上げた時には一斉に視線が刺さった。

ご、めんなさい、大丈夫です
「こっちこそ悪かった」

仲直りの握手。
その光景に周りが口を出す。

「今何て言ったんですか?!」
「先輩ばかりズルイ!」
「怖がらせてごめんね?」
「私も喋りたい!」
「静かにしろーっ!!」

子供のように騒ぐ警官達を見て、仄華は無言で肩を震わせ笑った。

(愉快な人達だなぁ)
(((かわいい…)))

prev back next