ラクリモーザの記憶
父に虐待され、保護してくれた祖母の家へと出ていくまで。私は母をどんな人だったのだろう?と空想するのが常だった。
頭を灰皿で殴られたことで一部の記憶がどこかに飛んでいってしまったから、余計拍車がかかったのかもしれない。
「母さんがいなくなったのはお前のせいだ!!」
一緒にご飯を食べてくれたかな。声はどんな響きなんだろう?この男から庇ってくれただろうか。
色褪せたアルバムには、いつも笑顔の母が映っていた。突然いなくなったと他の親族からも聞かされたが、私の心の中にいつも母は居た。楽しかったこと、辛くて悲しいこと、全てにおいて。
「あ、起こしちゃった?」
「
うわあっ!!!」
寝起き一発。視界いっぱいに広がる男の姿に仄華は驚き、声を上げた。彼女の喉から音は出なかったが、ベッドから転げ落ちた際の物音を聞きつけて、ダニエルが部屋のドアを開けた。
「マーカス!」
「おはようダニエル。ドアは静かに開けてね」
「お前は女性の部屋に勝手に入るな」
「ノックもしたし、声もかけたよ」
「はぁ……」
「魘されてたけど、何かあった?」
「
えっ?いや」
『大丈夫』
電子辞書の音声機能を使って返事をする。
納得のいかない顔をしていたマーカス。数秒見つめられたが、特に反論されることはなかった。
「まだ寝惚けた顔してんな…洗面所で顔洗ってこい。今日は一応休みもらったから、飯食って今日中に必要事項決めるぞ」
「
顔洗って…ごはん?」
彼女は洗顔後、電子辞書片手にダニエルの元へ戻る。その様子を観察していたマーカスも手を洗い、朝食の準備が始まった。
「このパン黴てる!」
「ちぎれちぎれ。無事なとこだけ食えば…おいこのレタス溶けてんぞドロドロじゃねえか」
「ぎゃあああああっ!ゴキブリがーー!」
「朝からコイツの面見るとかふざけてるな!f××k!!」
「
うわぁ…」
ゴキブリ相手に男二人が騒いでいるのを後ろで見つめていた仄華は、部屋の隅に置いてあった掃除機のコンセントを挿し、それを吸い込んだ。
ゴミ取りパックを確認した彼女はそれをビニール袋に何重にも密閉し燃えるゴミに出すよう二人に告げ、そのままキッチンとリビングの掃除を開始した。
(鮮やかなお手並み……)
(ハーブの爽やかな香りが室内を綺麗にしてる気がする…)
手慣れた気配を感じた二人だった。
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