Orange
玄関のドアが開き、程なくして鍵をロックする音がした。
『おかえりぃー』
リビングから、玄関に続く扉の方に顔を向けて言うけれど返事はない。ここからだと僅かにしか声が届かないから、聞こえなかったのかもしれない。
けれど#name1#は一向に部屋に入って来ないから、ドアを見つめ立ち上がる。
少しだけ開けた扉から玄関を覗けば、#name1#が荷物を足元に置いたまま俯いて立っていた。
その姿を見てドクリと心臓が脈打った。
...そうやった。今日の朝も笑顔がいつもよりぎこちなかった。ここんとこ忙しそうやったし、限界がきたんやな、きっと。
ドアを開きゆっくりと近付くけれど、#name1#の顔は上がらない。俯いた彼女の足元には、涙が数滴落ちて小さな小さな水溜まりが出来ていた。
『...おかえり』
出来るだけ柔らかい声色で言いながら肩を掴み体を抱き寄せれば、ますます#name1#の呼吸が早くなりしゃくり上げる。背中をぽんぽんと優しく叩いてやれば、俺の肩口に顔を埋めた。
泣いているせいか子供のように体温が高く感じるから愛おしい。けれど、やっぱり胸は少し痛む。
もっと早く頼ってくれたらよかったのに。...なんて言わんと黙っとく。言えるなら最初から言うてるもんな。こんななるまで我慢するしかなかったわけやし。
緩く抱き締めたまま宥めるように頭を撫でたり背中を叩いたりしていると、次第に呼吸が落ち着いてくる。ふっと吐き出された吐息があまりに小さくて、寝ているんじゃないかと思った。
軽く後ろ髪を引いて顔を覗き込めば、閉じていた瞼が開いて真っ赤な目が俺を見る。
『あは、寝てるか思た』
笑ってみせるとまた#name1#の瞼が閉じたから、ぽんぽんと頭を叩く。
『ほら、とりあえず部屋行こ』
手を引き玄関から廊下へ引き上げ、体を支えるように軽く手を添えてリビングへ向かう。ソファーの前まで誘導すると、ドサリと力無くソファーに座った#name1#の頭をわしゃわしゃと撫でてやる。
すると座ったままの#name1#の腕が腰に回り、俺の腹に顔を埋めた。その頭を抱いてやると、ますます腹に顔を押し付けるから擽ったい。
『...疲れたなぁ』
頭をポンポンと撫でれば、小さく一度頷いた。髪に指を通し、梳くように撫でていると、ぐす、と鼻を啜るから、腰に回った腕をやんわりと解く。
覗き込むと、赤く腫れぼったい目は少し眠たそうで、頬を掌で包んで上を向かせる。涙の跡が残る頬を、親指で撫でて拭い、唇を寄せた。
『眠たいな。ほら、顔洗って。な?』
いつものお気に入りのリップも塗られていない唇に柔らかくキスを落とす。甘い香りではない涙味の唇は、少し心をソワソワさせるから、ソファーの隣に腰を下ろして思わず抱き寄せた。
『強いフリは、外だけでええんちゃう?』
#name1#は何も言わないけれど、呼吸が少しだけ震えていた。くっついた胸から感じる鼓動が少し早くなった気がしたら、また鼻を啜って首筋に顔が埋まった。
『今はさ、俺しか見てへんから』
小さな嗚咽が聞こえて#name1#の手が俺のパーカーをぎゅっと握った。慰めるように背中を摩って、戸惑いを隠すように#name1#の頭に唇を押し付ける。
その涙を見ているだけで胸が苦しいのだから、#name1#はどれ程苦しいのだろう。それを想ってまた更に苦しくなるけれど、俺まで一緒になって落ちている場合ではないのだ。
この手は俺に縋って、助けを求めているのだから。
『なぁ、#name1#』
柔らかく、囁くように優しく、名前を呼んだ。
『 一人みたいな顔してたら、あかんよ』
#name1#は俺を忘れてたんちゃうよ。きっと、しんどくて見えなくなってもうてたんやな。真っ暗で、迷ってもうたんや。
パーカーを掴んでいた手が縋るように背中に回されて、ぎゅっと力が篭った。同時に嗚咽を漏らすから、貰い泣きしてしまいそうで唇を噛む。応えるようにその体を強く抱き締めてやると、少しだけ胸があたたかくなった。
『俺もお前の一部やで』
明るい声色で笑って見せれば、涙を零しながら#name1#が小さく頷いた。
一緒に悲しくなってしまうのは、#name1#が俺の一部だから。だからその涙を拭う仕事は、俺に任せてくれればいい。綺麗に拭って、ちゃーんと笑わせたるたから。
End.
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