Black
...疲れた。足浮腫んでる。肩痛いな。明日も仕事か。...あーあ、憂鬱。
溜息を吐きながら玄関を開けて、靴を脱いでまた溜息。癖のように零してしまう溜息は良くないとわかっているのに。
『...おかえり。お疲れ』
リビングに入るとソファに座っていた侯隆が雑誌に目を落としながら言った。
「...ただいま」
すぐに私の方を振り返った侯隆が、雑誌を置いて私の顔を見ていた。それを横目に寝室に入りバッグを放ってベッドに倒れ込むと、またひとつ溜息を零す。すると床が軋んで傍に気配を感じた。
『...なんかあったん?』
顔を上げてドアの方を見遣れば、向こうから顔だけを出した侯隆が私を見ていた。
「...ない、かな」
『いや、あったやろ?』
「え?」
何かあったかと言われたら...ないのだ。ただ、毎日の小さな負の積み重ねが、たまに憂鬱を作り上げるだけ。
だから特別話を聞いてもらうような事でもない気がするのだ。
部屋に入ってきた侯隆はベッドの縁に座り私の顔を覗き込む。そして頭にぽん、と掌が乗った。何だか慰められているみたいで、心がじわりと苦しくなる。
『俺には隠さんでええねんで』
「...隠してるとかじゃなくて、」
...本当に隠してるわけではない。けれど今感じているこの胸の苦しさは、涙を堪える時のそれと似ていた。
私は案外、いっぱいいっぱいだったのかもしれない。
『...いやいや、絶対なんかあったわ。そんな顔やん』
侯隆って、鈍感なのかと思ってたけど、意外と私のことよく見てくれてるんだ。
「...そんな顔って何...ディスってる...?」
嬉しくなったら本格的に目の奥が熱くなってきたから、布団に顔を埋めて照れ隠しの言葉を吐く。すると頭を撫でていた手がピタリと止まった。
『...ちゃうよ、ディスってへんて、』
...わかってる。心配してくれたのは、よくわかってるの。
『...わかった、ごめん…なかったんならええねん…』
謝らせたいわけじゃないのにな。
頭から離れて行った手を追うように顔をあげれば、侯隆の視線が私の顔で止まる。左右の目を交互に見て、きっとその涙目に気付いたはず。
「...心配なんだ?私のこと」
『…そら心配くらいするわ、当たり前やろ、』
起き上がってベッドにぺたりと座った私の頭を引き寄せて侯隆が私を抱き締める。
言葉もなくただ私を抱き締めて、また慰めるように頭を撫でられれば、静かに涙が溢れ落ちた。
End.
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