Purple
部屋に入るなりソファにバッグを叩き付けた。興奮で僅かに荒くなる呼吸を落ち着けるように目をきつく閉じて手で顔を覆うと、寝室から物音がしたから慌てて振り返る。寝室のドアから顔を出す信五を見て目を逸らし、叩き付けたバッグを拾い上げた。
「...ただいま」
『おー、おかえり。なんや今日はまた荒れとるなぁ』
...今の、見られてたかな。こんなとこ見られるなんて、なんかやだな。
黙ったまま俯くと、こちらへ来て私の前のソファに腰を下ろし、信五が私を見上げる。私の瞳から心を覗くように見つめた後、言った。
『なんや、またあいつか?』
「...........。」
『どうせまたしょうもない上司のしょうもない一言にヘコんでんねやろ』
図星過ぎて何も言えなかった。しょうもない一言でも、私の胸にはグサリと刺さり“しょうもない”では片付けられない程の傷を残すのだから。
上手くいかない事ばかり。もう嫌だ。投げ出したい。けれど明日はすぐにやって来る。また変わらない日常。
『お前はようやってるわ』
私の手からバッグを引いて外すと、手首を捕まれソファに引き寄せられる。座るように促されてゆっくりとソファに腰を下ろせば、頭の上に乱暴に大きな掌が乗り、ぐしゃぐしゃと髪を乱す。
『見てたらわかる。そのままでええねん』
優しい声色は胸の傷に染み込んで涙に変わった。撫でられるままに俯いて涙を零せば、その手が移動してポンポンと背中を叩き、引き寄せられて腕の中に包まれる。
『俺がいつも見といたるがな』
乱暴に背中を叩かれるけれど、逆にそれが心地良かった。まるで、好きなだけ泣けと言われているみたい。
ポロポロと零れる涙の分だけ心が軽くなる様で、子供みたいに鼻を啜り黙って泣いた。
次第に落ち着きを取り戻してきた私を覗き込んで顔を近付けた信五が、ぴたりと動きを止めて言った。
『ほら、はよ顔洗ってき』
洗面所を指さしながら私の唇に目をやり、急かすように顎をしゃくる。
『それ嫌やねん。唇ベタベタなるやろ』
わざとらしく顔を顰めた信五を見たら笑みが溢れた。そしてその唇にグロスの付いたままの唇を押し当てれば、キスをしたまま頭を叩かれ、ソファに押し付けられた。
End.
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