交際期間、2時間30分。
隣を歩く亮をちらりと見れば、視線に気付いて私を見て笑顔を浮かべた。けれど笑顔を返すことも出来ずに自分の足元へ視線を落とした。
『...何、?どうしたん、』
「...何でもない」
全然何でもなくない返事をしてしまった。
夢を見ているのかもしれない。隣を歩く亮はいつもより少し優しい顔をしている以外、特に変わりはない。...あ、口数も少ないけれど。
交際期間、2時間30分。
売り言葉に買い言葉、だった。
昼休みにたまたま会った屋上で、久し振りに喧嘩をした。
そんなんやからモテない、と言われたから、亮がチャラすぎる、と言った。
私がどんな気持ちでその言葉を口にしたか知らないくせに。だって本当のことだ。小さい頃から一緒に居た亮はいつの間にか私から離れていって、いつも女関係の良くない噂ばかりで、私がどれだけ心を痛めてきたか知らないくせに。
『...お前のせいやんか、』
いつまで経っても俺を見てくれないからお前のせいだと言われても、そんなのピンと来ない。私はずっと亮を見ていた。亮は、私じゃなく他の女と居たんだから。
『#name1#が付き合うてくれるんやったら、何もいらん』
思わず「うん」と言っていた。一瞬何もかも忘れた。今までの胸の痛みや苦しみが、全部なかったみたいに頭の中が真っ白になった。
頭の中がそのままだったらよかったのに。
教室に戻って残りの2教科の授業を受けている間に、今度は頭の中が余計なことばかりで占領されていた。
亮が私のクラスに迎えに来て、一緒に廊下を歩きながら女に呼び止められる亮を見てまた胸の中を曇らせる靄。
何でもない、なんて、嘘。
付き合うことに頷いておきながら、まだなんとなく引っ掛かっている。...というか、拗ねている、と言った方がいいかもしれない。
「...何でもない」
『...そっか』
一度鼻を啜った亮の手が、私の手の甲に触れた。そのまま指が絡められ、滑るように動いた亮の手に包まれる。
子供の頃、多分小学校低学年以来に繋がれた手。それが妙に恥ずかしい。
あの頃の何倍もしっかりとしたこの手は、これまでどれくらいの女の子と手を繋いできたんだろう。どれくらいの女の子を抱き締めたんだろう。
何食わぬ顔で歩く亮を見ていたら、私一人がドキドキしているみたいで落ち着かない。
『...家、来る?』
「......チャラい」
『...なっ!』
初めて言われた言葉じゃない。今まで何度となく聞いた言葉なのに、照れ隠しでそう返してしまった。意識しているのは、私の方。
『な、んで!そん、...』
なんでそんなこと言うん?
...そう言いたかったのはわかってる。そして、今までのことがあってその言葉を飲み込んだのもわかっている。
ちらりと見た亮は険しい顔で俯いていて、握られた手に力がこもる。
『俺が今、#name1#の手ぇ触っただけでどんだけドキドキしてるか知らんくせに...』
正直驚いた。私と違って経験豊富であろう亮が、今私と同じ気持ちでいるなんて。
拗ねたような口調で唇を尖らせた亮がくるりと私の方を向いた。
『...アホ、』
最後に吐き出された子供みたいな暴言に思わず照れ笑い。顔を赤く染めて言われたその言葉が、“好き”に聞こえてしまった。
『なんで笑うねん』
「...ほんとなんだなー、って、」
『...なにが』
「ほんとに、好き、なんだな、って...」
『せやからそうやって言うてるやろ!』
顔を背けた亮は耳まで真っ赤で、私も負けないくらい顔に熱が集中している。
「...私も、好き...」
『.......そ、そうなんや...』
手で鼻を触って口元を覆った亮を横目で見たら、亮も同じように私を見て笑った。照れたようなその笑顔が私の心を掴んで離さない。
どうしよう。...好き。
「......浮気したら殺す」
『...せぇへんし』
「...間があった」
『ないし。お前もすなよ』
「亮がしたらする」
『...もー、冗談でもやめろや、』
項垂れた亮はいつになく弱気で面白い。いつも憎まれ口ばかりで喧嘩腰だったから、何となくだけど、亮は亭主関白な感じかと思ってたのに。
「...弱気だね、...違う人みたい」
『...好きな女には弱いねん』
今までにないくらい赤面しているはず。繋いだ手から顔から熱が篭って恥ずかしいくらいに真っ赤だと思う。
ちらっと私を見た亮が驚いたように目を丸くした。
『...#name1#こそ、...今日は女やん、』
「...うるさい、いつもだし、」
『うん、知ってる』
繋いだ手を引き寄せられたと思ったら抱き締められていた。亮の首筋に顔が埋まって息をするのも躊躇ってしまう。
「...外だよ、」
『家は嫌なんやろ?』
「...そうじゃないよ、」
腰と背中に回った腕がますます私を締め付けて、亮が震えているようにも感じる。自分とは別の少し早い鼓動が胸から伝わって目を閉じた。
『...ほんならさぁ、手ぇ出さへんって約束したらええやろ?』
...そんなの、別にいいのに。
むしろ、キスだってしたいのに。
『...ほんまはキスしたいけど、我慢するから、...いい?』
「............。」
『ほんまやって。約束する。今日はなんもせぇへんて。...ほんまは、したいけど...』
「...して、いいよ」
顔を上げた亮が私の顔を見てすぐだった。押し付けるように性急なキスで塞がれて驚いたけれど、目を閉じた。
子供の頃、私を慰めるために撫でた手は、今愛おしむように私の髪を撫でている。それが幸せ過ぎて胸が苦しくて、耐えるように亮の背中を抱き締めた。
End.
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