交際期間、10時間。
女子マネージャーはサッカー部員より一足先に17時半で解放される。それが決まり。
だからこうやって校門の陰に隠れて待っている。
『すまんすまん、お待たせ』
「...うん。...お疲れ、」
『ほな行こか』
ジャージ姿で頭にタオルを巻いたヒナ。部活が終わってから5分足らずでここに来た。驚異のスピード。
『毎日は無理かもしれんなぁ』
校門を出て歩きながら振り返ったヒナが言った。
わかってる。ここからずっと見ていたから知っている。他の部員に手を合わせて頭を下げて、片付けを任せて来たのもずっと見ていたから。
「うん、...ごめん、」
『なんでごめんやねん。帰ろう言うたん俺やんか』
...やばい。ヒナの笑顔にドキドキしてしまった。私だけに向けられている笑顔だと思うと照れくさい。二人で帰ったりするのなんて、今日が初めて。
交際期間、10時間。
朝練後、二人きりになった部室で衝撃的な言葉を掛けられた。
『俺の事見てへんか?』
ゴクリと唾を呑んだ音が静かな部室に一際大きく聞こえた。思わず俯いたところで、また衝撃的な一言。
『俺はいつも見ててんけどな、お前のこと』
付き合おか、と言われたところで予鈴に邪魔されて別々のクラスへと駆け込んだ。
昼休みに私のクラスへやって来たヒナに、一緒に帰らないかと言われ今に至る。
『いつもこの道なんか?』
「...うん」
『ちょっと暗いんちゃうかぁ?』
「...そ?」
『危ないやろぉ。冬場は真っ暗なるて』
いつもすぐ手を上げるし無神経だと思うような言葉を吐いたりするのに、急にそんなこと言われたら調子が狂う。
頭からタオルを外したヒナがタオルをバッグへ押し込んで私を見た。
『毎日送ってやれたらええけどな』
「...けど、大変だもんね、」
『週一くらいにしよか』
「...うん」
本当は、嫌だ。毎日だって一緒に帰りたい。だって、クラスは違うしヒナは女の子と一緒にお昼を食べるようなタイプでもない。土日だって大体部活だし、ただ部活でその姿を眺めて先に上がる。...そんなの、付き合ってるって言えるんだろうか。
本当は付き合えただけで十分嬉しいのに、自分がどんどん我儘になっていくみたい。
『...一日おき、にするか?』
「......うん」
...本当にいいのかな。出来るならそうしたい。嬉しい。
けど「うん!」なんて思い切り返事をしたら、張り切っているみたいで恥ずかしいから、俯いたままちょっと控えめに返事をしておく。
『それか朝も一緒に行くか』
「...うん」
え、本当に?そんなこと言ってくれるなんてヒナっぽくない。本当に、彼女になったんだな、私...。なんて考えて一人で頬を染めた。
『それやったら毎日でええか!』
「うん」
『断われよ!』
「...え!...なんで、」
驚いて顔を上げたと同時に私の右手がヒナの左手に包まれた。目が合ったまま一気に顔に熱が集中して恥ずかしい。
けれどいつもみたいにからかうことなくヒナが視線を前に戻して足早に歩くから、引っ張られるように着いて行く。
『さっきから上の空やん!』
「...や、違うよ、」
『つまらんか?つまらんのか!』
「...違うってば、」
『なんて言うても“うん”やんけ!そんなあっさり“うん”言われたらほんまに毎日待ってて欲しなるやん!』
顔を背けたヒナの耳が赤い。いつも堂々としていて、照れてるとこなんか見たことなかった。この顔を知っているのが私だけだったらいいのに。
...けど、大変かもしれない。付き合う前よりもっと好きになっちゃって、今でももう既に苦しいくらいなんだから。
「......待ってるよ」
『......アホか』
「...一緒に、帰りたいもん...」
『#name1#』
ヒナがピタリと足を止めたからちらりとヒナを見上げて自分も足を止める。
繋いでいない方のヒナの手が撫でているとは言い難いくらいわしゃわしゃと私の髪を掻き乱し、その手に頭を掴まれたから驚いた。
『キス、するで』
突然過ぎて驚いた。私のファーストキスのイメージはもっと優しくふわりと抱き締...、と思っているうちに唇がぶつかった。押し付けられたヒナの唇が柔らかくて恥ずかしくて、目を閉じるのも忘れた。
離れて行ったヒナは何故か不機嫌そうな顔をしていて目が合った瞬間に少し乱暴に抱き締められて、苦しいくらいに力が込められた。
『毎日遅なったらあかん思たから週一言うたのに、お前が毎日でええ言うたんやからほんま知らんぞ』
ヒナが一気に早口で言った。頭の中でゆっくり反覆してみたら、私のことを思ってくれているのはわかった。
抱き締められているせいなのか、溢れそうな気持ちのせいなのか、苦しくて言葉にならないから頷いた。
『...嘘や。ちゃんと責任持って毎日送ったるわ』
抱き締める腕から早い脈を感じて、ヒナの不機嫌さは照れ隠しであることを知った。
息が苦しい。今頃ファーストキスの実感が胸に来て、溢れてしまいそうな程に目頭が熱い。想像していたファーストキスとは違ったけれど、充分過ぎるくらい幸せで、これ以上言うことはない。
急に腕の力が緩んで私の肩を掴み離したヒナと目が合った。少し驚いたように目を丸くしてから呆れたような顔をしたヒナが視線を逸らす。
『...ほんっまにお前は』
まだ溢れてはいないけれど、涙目なのがバレたかもしれない。恥ずかしい。
拭おうと手を動かしたけれど、ヒナの言葉で動きを封じられた。
『可愛いな』
顔色も変えずにさらっとあっさりと言われたその言葉。けれどやっぱり照れてるはず。またむすっとした顔に戻ったヒナの顔が近付いて、二度目のキスをした。
優しくふわりと抱き締められて柔らかく触れた唇は、私がずっと憧れていた、理想のファーストキス。
End.
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