交際期間、1時間。
すばるの部屋なんて見慣れているのに今日は全く違って見える。
いつものポジションのベッドの前も、いつものように後ろのベッドに転がるすばるを意識し過ぎておかしくなりそう。
『なぁ』
「...なに」
『喉乾いた』
「...うん」
『取って来て。冷蔵庫』
「...私が?」
『お前しかおらんやろ』
「.............。」
渋々階段を降りて下の冷蔵庫へ向かう。一人でウロウロすることが許されるくらい、小さな頃からこの家に来ている。
すばるのお母さんはさっき、私たちと入れ違いで出かけて行った。
『あんた!#name1#ちゃんに変なことしたらあかんよ!』
わりと前から言われていたその言葉を極端に意識するようになったのは、もう5年程前だろうか。
今日もまた例に漏れずそのセリフを聞いて鼻で笑ったすばるを、今日はいつものように見られなかった。
交際期間、1時間。
二人で授業をサボった屋上で、冗談で「付き合っちゃおっか」とすばるに言った。ずっと好きだったけれど、気持ちを探ることすら怖くて、本当に冗談のつもりで言ったのに返ってきた答えは『...ええよ』だった。
冷蔵庫のペットボトルを一本手にしてすばるの部屋の前まで戻ると、大きな深呼吸をしてドアを開けた。
...あれ、いない。キョロキョロと部屋を見回していると気配を感じて振り返る。
『何してるん』
私の後ろから部屋へ入って来たすばるの顔が思いの外近くにあったから焦る。すばるが私の手からペットボトルを抜き取ってベッドへ座ると、キャップを開けながら胡座をかいて私をじっと見つめた。自分が座ったベッドをバシバシと叩いて、すばるが私を呼んでいるみたい。ゆっくり近付いて少し距離を開けて座ると、すばるの飲みかけのペットボトルを差し出された。けれどいらないと断った。
また静寂が訪れた空間で、すばるが斜め後ろから私を見ている。
すばるのまっすぐな目が好き。けれど、今日はその目に見つめられて居心地が悪い。どうしたって緊張してしまう。
布の擦れる音と共にベッドが少し沈んでドキリとした。心臓が急に忙しないビートを刻み出す。
またベッドが沈んですばるが私の後ろに来たと思ったら、すばるの腕が緩くお腹の前に回されて、肩に顎が乗った。私の右耳のすぐ横ですばるの呼吸が聞こえるから動けなくなってしまった。
『なぁ』
「.............、」
『...なぁって』
緊張して声が出ないことに自分で驚いた。
『おい、.......#name1#』
お腹にあった片手が解けて頭を掴まれると無理矢理すばるの方を向かされて、さっきより近い距離で見つめられて息が止まりそう。
私を見てふっと笑ったすばるが言った。
『なんや、緊張してるんか』
「......してない」
『がっちがちやん』
「......そんなことない、」
『...ほんなら、キスくらいさせろや』
その言葉が私に向けられていることが信じられない。その色気のある視線が私を見つめているなんて、信じられない。
戸惑いと緊張と嬉しさで泣いてしまいそう。
何も言わない私をただ黙って見つめるすばるが、少し体をずらして私の横に来ると背中の後ろに膝を立てた。後ろを囲われたことで逃げられないような感覚に陥り、ますます鼓動が早くなる。
『...初めてなんやろ』
「...え、」
『キス。...初めてやろ?』
今まで悔しくて、初めてじゃないと言い張っていた。気付かれていたのが恥ずかしい。すばるに気付かれるなんて、やっぱり悔しい。
「......教えない」
『なんでやねん』
「...そんなの、どうでもいいでしょ、」
『大問題やろ。俺が嫌やねん』
バツが悪そうに目を逸らしたすばるの言葉を頭の中で反覆して意味を探る。けれど、ドキドキして焦って答えが見つからない。
「......なんで」
『...嫌やから、...嫌なんやろ、』
「.....だから、なん」
『もうええわアホ』
かぶせるように言って黙らせるように急に押し付けられた唇に、目を閉じるのも忘れた。触れているだけのそのキスが驚くほど長く感じて心臓が止まるんじゃないかと思った。
唇が離れて俯く。すばるの顔が見れない。
どうしよう。思った以上に幸せ。すばるが好きで、ずっと好きで、愛しくてどうしようもない。
「......初めて、」
『...ん、...そうか、』
ちらりとすばるに目をやれば、顔を背けて口元に手を当てている。...なんか少し、笑ってる?
「......なに」
『え?』
「...何笑ってんの」
『笑てへん』
「...笑った」
『...初めてが、俺やろ?...ん、そんだけ』
...何それ。こんなすばる、知らない。意地悪で口が悪くてからかってばかりのすばるしか、今まで知らなかったのに。
「......キャラ違う」
『テンション上がってるからな』
口元に手を当てたまま、今度は照れくさそうにすばるが笑う。それを見て私も思わず笑みが溢れた。
するとすばるがまた私を見つめて顔を近付け、目から唇へと視線を落とす。
『今までめっちゃ我慢してん。一回で済む思うなよ』
さっきよりも幾分か乱暴に押し当てられた唇が、私の唇を食んで啄むようにキスを繰り返す。捻じ込まれた舌にびくりと体が揺れると、抱き締め優しく舌が絡んだ。
初めての感情、初めてのキス。全てをすばるに教えられると思うと少し悔しい。けれどそれを上回る幸せを、今度は私が教える番。
End.
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