euphoria


溺愛ワーニング




あと5分。もうすぐ新幹線を降りなければならないのに、隣の寝顔は疲労の色が濃く、起こすのを躊躇う。

「起きて」
『............、』
「...もう着くよ」
『...んー...』

顔を顰めながら目を擦ってゆっくりと瞼が上がると、眠たそうな目で私を見つめる。ぼんやりとした目は瞬きを繰り返すけれど、私の顔から目を逸らさないからドキリとしてしまう。
もう一度目を閉じると同時にふっと笑った亮は、目を開けて溜息を一つ零し、荷物を纏めた私の手からバッグを奪い取って降り口に向かった。

減速する新幹線の車内でドアの前に立ち、亮が振り返って私を見た。すると急に口の端が上がって顔が近付いたからどきりとする。けれど亮の唇が寄せられたのは、唇ではなく耳元だった。

『寝ぼけてたから危なかった』
「え、」
『キス、するとこやった。さっき』

小さく囁くように言って笑った亮を呆れたように見せながら見上げるけれど、気にする様子もなく開いたドアからホームに降りていった。

けれど少し安心していた。
最近は眠るためだけに家に帰る生活が続いている亮と私は、一緒に眠ることも、触れ合うことすら全くなかったのだ。だから、ちゃんと恋人同士だということを久し振りに実感出来たから、亮の後ろで安堵の溜息を零した。


待っていた車に乗り込み現場に着くと、お疲れーと声を掛けてきた安田くんを見て、亮の顔が変わったように見えた。ドラマやバラエティーの一人の現場とはまた違う、子供の様な笑顔。
彼にとって安心出来る場所なのだろうと、今度は彼の心が解れたのを感じてまた少し安心する。ドラマの現場にもバラエティーの現場にも私はいつも同行しているのに、今みたいな顔をさせられていないのには、少しだけ寂しく感じるけれど。

楽屋の隅に腰を下ろしアコギを抱えた亮が、鼻歌交じりに時折メンバーを見て笑みを浮かべるその横顔を見つめていた。
するとまた亮の口が大きく弧を描いたから、楽屋の中心で笑う丸山くんに目を向けた。

『なぁ』

周りを巻き込んでバカ笑いしている大倉くんと丸山くんを見ていたら、こっちも思わず笑ってしまいそうになる。

『なぁって』

はっとして亮を見れば、アコギを奏でながらこっちを見ていたからドキリとした。

「...なんですか」
『今日さ、飯食い行「まだ楽屋!」

周りに聞こえないように小さく怒鳴るけれど、恨めしげな目とは対称的に口元は僅かに笑みが浮かんでいる。

『ええやん、誰も聞いてへんて』

楽屋も車の中もみんながいる場所でも、いつもそういう話はしないようにして欲しいと常々言っているのに、たまに面白がるようにわざと言うのだからこっちはヒヤヒヤしてたまらない。

「ダメ」
『今日#name1#ん家泊まっていい?』
「だから、」

亮は私と居たくないのだろうか。
バレてしまったら、一緒に仕事をすることも、ただ隣に居ることすら許されないというのに。

上目遣いで笑う亮は、さっき仲間を見ている時と同じような目をしていたから思わず口を噤んだ。その目は、今は私を見ているから。

『お前こそずっと見てるやん』
「え?」

私から視線を逸らして照れたように瞼を掻いた亮を見ていたら、その目がまた私に戻って来て小さく手招きする。少し距離を詰めれば、耳元に寄せられた唇が狙ったように低く吐息と共に耳元で囁いた。

『そんな“好きー“って顔で俺の事見てたら、皆に気付かれるで』

一気に熱が集まった顔を誤魔化すようにわざとムッとした表情で亮から離れ、鋭い視線を向ければ、もう私の事なんか見ずに俯いてアコギに視線を落としていた。

...駄目なのは私の方。唇を結んで溜息を吐き顔を上げれば、咳払いが聞こえたからちらりと亮に視線を向ける。

夜、行く。

亮の唇がそう形作ったように見えた。
すぐに首を横に振って顔を背けるけれど、赤くなった耳を隠すことは出来ない。
それでも、そんな私を見る亮は心から楽しそうに笑っているから、夜にはその手を取ってただ抱き締められながら、またきっと許してしまうんだろう。


End.

- 24 -

*前次#


ページ: