euphoria


ヒートアップ




『一回だけ』
「...一回って、」
『ほんなら二回』
「無理です」
『お願いします』
「だから無理だって、」
『...お願いします言うてるやろ!』
「だからダメだって言ってるでしょ!」

とてもタレントとマネージャーには見えない完全なる痴話喧嘩を車の中で繰り広げる。窓、開けてなくて良かった。
今はグループ専用の移動車でロケの待機中だ。


今日はすばる一人だけを乗せてここに来た。
ちょっとしたアクシデントで、カメラが回るまでもう少し時間が掛かるからと車に戻って来た。春といえど今日は陽射しが強く汗ばむ程の陽気で、駐車場の端の日陰に車を移動させスーツのすばるが汗をかかない程度にエアコンを入れた。

『...暇やな』

後部座席で大きく足を広げて倒し気味にしたシートに凭れたすばるを振り返って見て、思わず笑った。

「...渋谷さん、全開ですけど」

表情は変えないまま私をじっと見つめたすばるは、視線を移して確認するわけでもなく、ただそこに手を伸ばしてファスナーに手を掛けた。けれどその手はぴたりと止まった。

『わざとや』
「...あ、そう、...ワイルドだね」
『せやろ』
「...うん」
『......暇やな、...』
「え?」
『ちょっと咥えて、?』
「......えっ!」

ここから冒頭の痴話喧嘩に発展した。
だってこんなとこで変なことを言うのが悪い。
確かに最近新年度でバタバタして、体を重ねる時間がなかったのは事実だけれど。
けどここは今日の仕事場で、今は待ち時間といういつ呼ばれるかもわからない状況なわけで。なのにすばるがそんな怒るってどういうこと?

ルームミラーでちらりと見たすばるは、ミラー越しに私を睨んでいるから目を逸らして外に目をやった。バックミラーにスタッフさんが近付いてくるのが見えたから車から降りると、簡単な打ち合わせをと言われたからスライドドアを開けすばるを呼ぶ。
スタッフさんと一言交わして後に付いて行ったすばるは、一度も私の顔を見なかった。

予定より一時間遅く始まったロケは、正午を回りますます陽射しが強くなり肌をジリジリと照らす。
じわりとかいた汗で首筋に髪が張り付くのが鬱陶しくて、なんだかイライラしていた。イライラの原因はそれだけではないけれど。

すばるが全然私を見ない。
いつもなら何度か目が合う。というよりは、たまに見られているのがわかる。けれど今日は、本当に私を見ない。
ロケの合間も戻って来ることなく、人見知りのクセに無理してスタッフさんに話し掛けちゃって。...ムカつく!

首元の髪を払ってカメラに向かうすばるを睨み付ける。
暑い。イライラする。あんなことが原因でここまでイライラするなんて思わなかった。

ロケが一段落したけれど、当てつけのようにあっちでまたスタッフさんに笑顔を向けるすばるを置いて車へ戻った。
とりあえずイライラを一つ減らそう。こんな気分のまま居られない。

後部座席に乗り込んで張り付いていた髪を纏めてアップにした。頭の上でだんごにして、常備してあるタレント用の大きめの鏡で確認しているとスライドドアが開いた。

『...えぇぇ...?』

戸惑ったように呟いて、さっきとは打って変わって私をじっと見つめたすばるが乗り込んでドアを閉める。一緒に後部座席に居るのもおかしいからドアに手を伸ばすと、身を乗り出してその手を掴まれ阻止された。手はすぐに離れたけれど、視線は私から逸らされずに見つめられたまますばるが首を捻った。

「...なに」
『俺、それ好きちゃうなぁ』

ここへ来て急にちょっと口調が変わった。雰囲気が柔らかくなったというか、さっきまでのピリピリ感は脱したみたいだ。そして私の様子を伺うように見ている。

「私は好きなの」
『俺の好みに合わせたろ、とか思わへんの?』

ちょっとふざけたような言い方をするから、不器用なりに雰囲気を変えようとしてくれているのは何となくわかった。普段意地っ張りなくせに、こういうとこは、...ちょっと好き。

「思って欲しいの?」
『...なんやろな、わからん、』
「何それ」

溜息のような息を吐き出して俯いたすばるが、手を弄りながらちらりと私を見る。

『アレやん、』
「なに」
『無性にこう、...やりたなるやん、』
「なにを?」
『こう、なんて言うか、キスしながらムチャクチャにしたなるやん、』
「え?」
『そういう時、...ソレ、どうしたらええの?』

ジェスチャーを交えたあまりの力説っぷりに思わず笑いながら、最後にしたセックスを思い出していた。
その時もすばるはキスをしながら私の髪を掻き乱した。いつもそう。すばるは感情が昂った時、必ずそうする。私もそれが好きだ。求められているみたいで、愛が感じられるから。

何笑ろとんねん、と今纏めたばかりのだんごを掴まれ、すばるが顔を近付けた。

『取れ』
「取ったらキスするでしょ?」
『ムチャクチャなるで』
「誰か来たらどうすんの」
『せやから先取れや』
「...どっちにしても、するんだね、」
『するやろ。...俺、ごめんとか言われへんもん』

髪を掴むすばるの手を掴んで離した。
纏めたばかりの髪からヘアピンを抜いてゴムを外せば、すぐにすばるの右手が下ろした髪に差し込まれて噛み付くように唇が触れた。

一度離れて見つめられて、その目が唇に落ちると再び唇が触れて口内に舌が差し込まれた。後頭部の手がくしゃりと髪を掴んで、触れる唇が角度を変える。舌を絡めて、離れて触れて、その度に手繰り寄せるように忙しなく私の髪を掻き乱すすばるの手に、今日もまた、言葉以上の愛を教えられる。


End.

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