屋上カルでサック
地方のスタジオの屋上で一人街を見下ろしていた。東京のような夜景のない薄暗い街並みに、少しだけ不気味さを感じてフェンスから離れコンクリートに腰を下ろした。まだ戻る気になれないのは、みんなに気を遣われそうだから。
空を見上げれば、都会ではまず見ることの出来ない満天の星空。それを見ながらゆっくりと後ろに倒れて仰向けになる。
大人になってたからこんなところでこんなことをするなんて思っていなかった。けれど、俯くと余計なことを考えてしまいそうだから星空から目を離さないようにそうした。
...寒い。し、ちょっと怖い。けど戻りたくない。今は笑っていられないから、どうしても戻りたくない。
自分の日常では考えられないほど静かなその空間に何かが軋むような音がしてドキリとする。
『おい』
ビクリと体が揺れた。上から私を覗き込むように現れたのがすばるだということに安心したけれど、恐怖から早くなった鼓動はまだ治まっていない。
『お前そういうことするやつやったんや?』
「...なに」
『そういう青春ごっこみたいなん、好きなイメージないから』
「...青春ごっこって...」
なんとなくすばるの顔が見れない。見たら弱くなってしまいそうだから、星空を見つめたままでいた。
すると私の隣にすばるが寝転んで、同じように空を見上げた。
「戻らなくていいの、」
『今は亮と安の時間やし』
「...ふーん」
さっきの光景を思い出していた。
バンドの音合わせの途中にチーフマネージャーに呼ばれた。聞いたこともない内容の話を苛立ったように話した後、理不尽に説教されて怒鳴られた。他のマネージャーが、彼女はその件には関わっていませんと助け舟を出し意見したけれど、知っておくべきだったと怒鳴り返されている途中でバンドの演奏が途切れた。それによって急にスタジオに響いた怒鳴り声に、メンバーは勿論、スタッフたちの視線まで私に釘付けになっていた。
とにかく事態をおさめなければと謝罪したけれど、時間が経つにつれて悔しさが苛立ちに変わる。涙は出て来ないものの、モヤモヤした胸が晴れることはないから、いっそ涙を流せたらよかったと思ってここに来た。
『...お前が悪いんちゃうんやろ』
回想中にいきなり持ち出された言葉に少しドキッとした。
「...どうだろ」
『安原さんはそう言うてたで』
「......あんまり探り入れないでよ、怪しまれるよ」
『そんぐらい大したことないやんけ』
慰めて欲しいわけじゃない。だけど、当たり散らしたいわけでもない。だからこの話はしなくていいのに。
『戻ろうや』
「...もうちょっと」
『風邪引くんちゃう』
「もうちょっと見てたいの」
溜息が聞こえて暫くの沈黙の後、すばるがこっちを向いた。私の顔の前にすばるの顔が現れて私を見つめる。
『お前ロクな学生生活送ってへんかったんやな』
「またそれ?」
思わず笑ってしまった。私と顔の向きを合わせるようにずっと目を合わせてくるから、肩を押して顔を背ける。
「...見えない!」
『見えてるやろ。...俺が』
「すばるしか見えない!」
『俺が見えてればええんちゃうの』
ふざけたような口調で顔を近付けるすばるが、覆い被さるように私の向こう側に手を付いて私を見つめる。その瞳からおふざけがなくなったのは一目瞭然で、急な変わりように息を飲んだ。
「...ここ、スタジオ」
『だからなんなん?』
「誰か来たらどうすんの」
『どうしよな』
私の髪を撫でたすばるの唇がキスを落とす。いつもは拒絶するけれど、今日は待っていたのかもしれない。
啄むようにキスを繰り返しながら時折離れて見つめるその目は私を労わっているようにも見える。
伺うように唇を舐められたから口を開けば、僅かな隙間から舌を差し込まれて私の舌に触れる。
角度を変えて徐々に深く舌を絡めていくすばるの手が私の頭を抱える。その手が軽く髪を掴んで、すばるの感情の昂りが露になってきたからさすがに肩を押した。
『ええとこで止めんなや』
「...持ち込みそうな勢いだから」
『別にええやん、このシチュエーション、アリちゃう?』
腰を撫でながら期待した上目遣いで私を見つめるすばるに苦笑いを零すと、さっきと同じ軋むような音が聞こえた。
慌ててすばるを押し退けて飛び起きると話し声が聞こえたから、すばるをフェンスの方へ突き飛ばした。
『うわ!びっくりした!』
『あれ、何してはるんですか!』
『こんな暗いとこで...』
『一人てさすがに怖いんちゃう?』
「...や、意外と大丈夫、」
驚いたように私を見たメンバー3人は、煙草を咥えてビールを手にしている。
“一人”という言葉に恐る恐る後ろを振り返ればそこにすばるの姿はなかった。
「...もう終わったの、?」
『もう信ちゃんで終わりやで。...飲む?』
缶ビールを差し出されたから首を横に振って押し返した。
キョロキョロと目を動かして辺りを見回すけれどすばるの姿が見当たらない。
『さっきのアレ、あんまり気にせん方がええでー』
『そうやで、あの人いつもカリカリしてはるからなぁ』
タレントに励まされるなんて、とその言葉に苦笑いを浮かべると、ふざけたように笑う3人の後ろの貯水タンクの陰からすばるが手招きしているのが見えてドキリとした。
「...あー、...私、戻ろうかな、」
『おん、寒いしなぁ』
『もうちょっとしたら戻るー』
笑顔を向けて彼らの横を通り過ぎた。顔は引き攣っていなかっただろうか。落ち着かずに片手で口元を覆ってそわそわしながら後ろを振り返って確認してから、すばるに合図をして扉を指差す。
けれどすばるがしきりに首を横に振って何か訴えているから、もう一度後ろを確認して貯水タンクに近付く。
「何してんの!早くっ!」
『ちょ、やばい、...こっち来て!』
小声のやり取りが聞こえていないかとヒヤヒヤしながらタンクの陰に逃げ込んだ。
そわそわしているのはすばるも同じ。3人を覗いて気にしながら情けない顔で私を見る。
『...やばい...』
「だから!早く行かなきゃ、」
『ちゃうて、ちゃうねん、...』
急に私の腰に手を回して抱き着くから、思わず声が出そうだった。こんな時に何してるの!と目で訴えれば、すばるが腰を押し付ける。
『...やばい』
「...最低...」
押し付けられたすばるのそこが反応していたから手を突っ張って押し返す。
けど、本当にやばい。だってあの扉から階段を降りるとすぐにスタジオに繋がっていて、そこを通らなければトイレにだって行けないんだから。
『どうする?なぁどうする?』
ちょっと楽しんでいるようにも見えるすばるが私に顔を近付けてくる。目を細めてすばるを睨んだけれど、あっちでバカ笑いする3人の声を聞きながら唇を塞がれた。
...流されない。絶対流されない。だってこんなとこで、絶対無理。
それでも高めるようなキスを繰り返されるうちに、思わずすばるの背中に腕を回していた。
なんだかんだでこの細い背中にいつも助けられている自分が悔しい。けれど、私にとって誰よりも力をくれる頼もしい背中は、たったひとつだけ。
End.
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