スウィートキス
バレンタイン前にメンバーが集合する日が今日だけだったから、ひと足早くチョコレートを用意した。
『え、#name2#さんが作ったん?』
楽屋に最初に入って来た横山くんにチョコを渡すと、口元をゆるめ少しだけテンションを上げた横山くんが、後から入ってくるメンバーにチョコを見せる。
『手作り!やばい!』
『#name2#さんめっちゃ上手やん!』
『ちゃんとしたチョコや!』
おはよー、と入ってきた章大が異様な雰囲気に楽屋を見回し、みんなの手元にあるそれに視線を止めて眉をピクリと動かした。
『ヤス!手作りなんやて!』
『...マネージャーの手作り?...ふーん』
『めっちゃ可愛いな!しかも美味い!』
当たり前でしょ。いい値段のやつと溶かしたんだから、美味しくなきゃ困るの。
私の前に立った章大がにっこり笑い、手を差し出した。...笑顔が怖い!
「おはよう、ヤスくん。...はい、どうぞ」
『...ありがとぉ、#name1#』
「!!」
みんなの騒めきに紛れて名前を呼ぶから一瞬固まってから、周りを見回した。幸い、高級チョコに夢中になっているメンバーたちは、誰も私達の会話など耳に入ってはいないらしい。
まだ目の前から動かない章大に視線を戻すと、口角は上がっているけど、目が全然笑っていない。
『昨日、作ったんや?』
「...そうだよ」
『昨日は、会えない日、やったっけ?』
「......ヤスくん、そういう話は、」
私が小さめの声で言うと、章大は笑顔を崩さずに
『...またあとでな』
と私に背を向けた。
今のやりとりを聞かれていなかったか、もう一度周りを見回してメンバーに視線を移す。
すると、受け取ったチョコをみんなの物と見比べて振り返った章大が、またニコリと笑ってすぐに冷めた顔に戻った。
あー...やばい。完全に機嫌を損ねた。
メンバーが撮影に行っている間にトイレに行って戻ると、楽屋の前で壁に凭れて立つ章大が目に入った。立ち止まって戻るのを躊躇していると、章大の目が私を捉えて、壁から背中が離れた。こちらに早足で歩いてきた章大はあからさまに不機嫌な顔をしていた。
腕を掴まれてそのまま連行。何度言ってもやめてくれないから困る。
「...見られるってば、」
『離したら逃げるやろ?』
「...逃げないから。離して」
何も言わずに手を離した章大はそのまま振り返りもせずに歩いた。だから後ろをただついて行った。
来たのは、非常階段。人が来れば音ですぐにわかるから。だから、何かあったら大体非常階段。
背中を向けた章大と、俯く私。
いきなりすごい勢いで振り向いた章大が、眉間に皺を寄せて言った。
『なんでみんなと同じやねん!』
「ちょっと!声、大きい、...」
私を壁に追い詰めて、顔の横に手をついた章大は、睨むように私を見ながら顔を近づけるから顔を背けた。
『わざわざ手作りの必要、ある?』
「...それは、」
『ないやろ?俺だけでいいんちゃうの』
「...去年もみんなにあげたじゃん、」
『あの頃はまだ付き合うてなかったからなぁ』
「...義理なんだし...、」
『俺にも義理?』
「...みんなの前で特別扱いなんて出来ないでしょ、」
『...そんなん、わかってるわ、』
言ってすぐに頭を押さえられてぶつかる様にキスされた。無理矢理絡められる舌に章大の苛立ちを感じたから、大人しく力を抜いた。キスに応じて私から章大の腰に腕を回したら、私の頭を押さえつけていた章大の手が優しく髪を撫でる。
唇が離れて私を見つめた章大は、抱き締めて私の肩に額を乗せた。
『...わかってるけど、なんか嫌や、』
可愛くて笑ってしまった。
章大の頭を撫でて「同じじゃないよ」と言ったら章大が顔を上げた。
「今日、うち、来て」
章大が戻って、少しの時間差で楽屋に戻ると、他のスタッフから貰ったチョコレートを広げたメンバーがバレンタインの話をしていた。
『去年全っ然もらってへん』
『俺も#name2#さんとスタッフさんくらいやなぁ』
『そういや、ヤス、もらってたやん。ほら、なんやったっけ?あのアイドルの...』
うちの冷蔵庫で章大の帰りを待っているハート型の小さなチョコレートケーキを思い浮かべながら、 睨むように視線を送った私を、章大が恐る恐る見て苦笑いを浮かべた。
End.
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