Blue
何度目のコールかわからない。
ここでもう15分は待っている。
やすくんが起きて来ないなんて珍しいことだけれど、だからこそ少し心配になる。
痺れを切らして部屋に行くと、渡されている合鍵で部屋に入る。やすくんは普段起こす必要が無いから、今まで部屋の中に入ったことはない。
玄関から声を掛けるも応答はない。
玄関に靴がいっぱいありすぎて、今家に居るかどうかもわからないから、とりあえず部屋に入る。
奥の寝室のドアが空いているから覗くと、居ない。まさか、家に居ない?
携帯でもう一度電話を掛けると、どこかで着信音が聞こえた。しばらく鳴り続けているからその方向を探り探り進むと、突然すぐ横のドアが開いた。その瞬間、携帯を当てた耳とそうではない方の耳両方から声が聞こえた。
『もしもしぃ?.......え、』
目の前には、全裸のやすくん。二人で携帯を耳に当てたまま口を開けて固まった。
はっとしたやすくんの視線が私から横に動いたと思ったら、やすくんが素早く移動した。
「...なんか、隠した?」
『...なんも、?』
「や、それよりさ...隠すのって、前、じゃない、?」
『...はっ!』
髪を拭いていたバスタオルで慌てて前を隠したやすくんが、目を泳がせながら私に聞く。
『...ていうか、...なんで居んの、?』
「...迎え、...電話、出ないから、」
『...まだ8時やで、?』
「...8時って、言ったはず、」
『...え、!』
二人共動揺してしどろもどろになりながら会話を交わす。けれど、こんなにゆっくりしている場合ではない。
「とりあえずさ、着替えて、早く、」
『...はい、』
「急いでね!下にいるから!」
『...はい、』
外へ出て車へと戻る。
あーもう、見ちゃった。気まずい。
現場で上半身は毎日のように見るものの、下なんてもちろん見るわけがない。
そうじゃなくても、私はここ最近やすくんを目で追ってしまうくせがあるのを自覚したばかりなのに。
しばらくして車のドアが開いた。
すんません、と言いながら乗り込んで来たやすくんをルームミラーで確認して車を出す。
『...#name2#さん、』
「はい、」
『...あれもこれもすんません、』
「遅刻は気を付けないと、ね」
『...はい、』
撮影は滞りなく、予定より早く終了した。コットンでメイクを落としているやすくんが、鏡越しに私に聞いた。
『#name2#さんて今日、事務所戻るんですか?』
「うん。車置きに行かなきゃ」
『...そうかぁ。ほんならその後...飯、行きませんか、』
「...え、私?」
『他に誰が居んのー?』
「...二人で?」
ヤスくんは頷いて、ダメ?と聞いた。
正直二人で面と向かってご飯なんて緊張してしまう気がする。ちょっと考えていると、顔を覗き込まれた。
『久し振りやし、行きたいなぁ』
なんなの、この子!...こんなこと言われたら断れない。私の気も知らないでこんな可愛いことを言うから困る。
「...うん、」
『やった!』
本当に素直で、こういうことをすぐに口に出して言うし、何より常に距離が近い。
だから私は顔に出てしまいそうでいつも気が気ではない。今は朝のこともあって、余計に男として意識してしまっているのに。
車を置いてから、やすくんが行ってみたいというお店にタクシーで向かった。
薄暗い店内に入って個室に案内されると、やっぱり二人だけというこの空間に緊張せずには居られない。
『#name2#さんと飯って、むっちゃ久し振りや』
「そうだねー、最近忙しかったしね」
明日は朝が早いけれど、まだ早い時間だからお酒を頼んだ。酔わないと緊張してしょうがない。
乾杯をして、仕事の話やメンバーの話なんかをしているうちにアルコールが回ってきて、少し緊張が解れる。
やすくんもさっきまでと違ってほぼタメ口だし、わりと酔っているんだと思う。
トイレに立って戻ってきたやすくんが、あっ、と言って私の隣に座って、私の手を取った。
驚いたのと、いきなり触れられたことで鼓動が速くなる。
『ネイル、めっちゃ綺麗!』
「あ、ありがと、」
『サロン?』
「違うよ。自分で...」
『すげぇ! 』
私のつけていた深い青が気に入ったらしく、私の手を掴んだまま角度を変えてネイルを見ている。
もー...この距離が無理。無意識の距離も、いつも何気なく触れる手も、私の心を乱す。
すると急に私の顔を覗き込むように顔を近づけたやすくんが、私の目を見ながら言った。
『...めっちゃ酔うてる?』
「え?」
『そんな酔ってへんよなぁ?』
「...え、なに、」
『...顔、赤い』
...こんなことされたら、当たり前じゃない。酔って顔に出るタイプではないことも、もう既に知られている。それでもダメ。バレたら困るの。
「...結構、酔ってるかも」
『...なんやぁ、...俺のせいちゃうんや』
「...何言ってんの、」
思わず声が震えてしまってますます焦る。私を映すやすくんの目に、心を覗かれてしまいそうで鼓動がますます早くなる。
『...だって、よく目ぇ合うな思ててんけど、よく考えたら俺が見てるから目合うんやんって。...けど、そんな赤くなられたりしたら、期待してまうんやんか、』
「...期待、?」
『...酔った勢いってことで、許して』
突然引き寄せられて唇が重なった。啄むように何度か唇を合わせて離れたやすくんが私を見つめていた。
『...これでもまだ、俺のせいや思たらあかんの?』
今度は完全に自覚している。尋常じゃないくらい顔に熱が集まっている。
『...#name2#さん、...好きや、』
「......私は、」
ダメだってわかってる。けれど、どうしたらいいの。もう胸が苦しくて涙が出そう。
『...好き、?』
小さく頷いた。
罪悪感みたいなものが一気に込み上げて来たけれど、それを全て理解しているかのように、やすくんが『大丈夫。』と言って私を抱き締めた。涙が溢れた。
それを幸せの涙だと思うことにした。
二人で帰った彼の部屋で見せられたのは、彼が朝隠したフォトフレームだった。
そこには満面の笑みのやすくんと私が、こうなることを知っていたかのように幸せそうに並んで写っていた。
End.
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