ラストパーティー
あっちで説明を受けている侯隆を、資料から目を上げて盗み見ていたら視線が絡んだ。
ここのところ多忙なせいか、普段より更にナーバスになっている気がする彼の鋭い視線に、自分から目を逸らしてしまった。私だけが不純な気持ちで彼を見てしまっているような気がしたから。
場所を移動してステージに立った彼は、リハーサルと言えども先程までの疲労を微塵も感じさせない程プロの顔でライトを浴びている。
当たり前のように、クリスマスなんて無し。もちろん一緒に食事なんてしていないし、仕事場で一緒だったくらいのもので。寂しいとは思わないけれど、彼らを乗せた移動車から見た恋人たちの笑顔に、少なからず羨ましいと思ったのは事実だ。
『...ごめん、マネージャー』
「はい」
『財布忘れてん、...金、貸して、』
「...落としたわけじゃないよね?」
『多分、家』
「うん」
バッグから取り出した小銭入れは、すぐに財布を忘れてくる彼のために持ち歩いているようなものだ。
すんません、と言って受け取った侯隆が楽屋を出て行ったのを見送って、自分も楽屋を出た。
少しだけ気になることがあったから。
「...横山くん、」
『え?』
「風邪引いた?」
『...なんで?』
「なんか、...声が、」
目を丸くして私を見た侯隆が、俯いて笑った。口元に当てられていた手が私の頭に伸びて来て、ポンと頭に置かれたから驚いた。自分でも驚いたような顔をした侯隆が、手を引っ込めて周りを見回してから咳払いする。
『...すげぇな』
「え、」
『ヤスとお前だけやで。気付いたん』
その言葉に照れ臭くなって、当たり前でしょ、と呟きちらりと侯隆を見上げたら、何故か侯隆まで照れたように顔を背けたから笑った。
『...大丈夫やから』
「...うん」
素っ気なくそう言った侯隆の照れ隠しにまた笑うと、じっと見つめるから首を傾げる。
『...今日』
『#name2#さん!』
侯隆の声にかぶるように男性に呼ばれた。振り向くと、マネージャーの田辺さんが駆け寄ってきて、侯隆は軽く頭を下げて背を向けた。
心臓がバクバクと激しく音を立てる。今のを見られていたらと思うとヒヤヒヤした。
『今日、この後どうなってます?』
「あ、えっと、...」
さっき侯隆は何を言おうとしたんだろう。
“...今日”なんだろう。わからないけれど、誘ってくれようとしたような気がして、少し先の自販機にいる侯隆を見つめた。仕事の話の最中なのに侯隆を目で追う。
くるりとこちらを向いて歩いて来た侯隆が、前を通り過ぎるときに一瞬目が合った。さっきの雰囲気が嘘みたいに、睨むように私を見てから顔を前に向けた。
以前、田辺さんがやたら話す距離が近いから気をつけろと侯隆に注意を受けたことを思い出す。そのせいに違いない。
楽屋に戻ってから暫くずっと、ソファーに座ったまま目を閉じている侯隆が気になっていた。
具合が悪いのだろうか。それとも、ただ集中しているだけか。さっきの視線が関係しているんだろうか。
普段ならメンバーとふざけていたりするこの時間も、今日は寄せ付けないオーラを漂わせている。
トントンと肩を叩かれて顔を向ければ、にこにこしながらやすくんが立っていた。
『今日って予定あるのー?』
「...うーん、...」
『...よこちょちゃうんや?』
楽しそうに小さな声で聞くやすくんを軽く睨む。
「...約束はしてないけど。...かも。...なんで?」
『あれぇ?さっきよこちょがな、...あ、言うたら怒られそ!』
うふふと笑いながらやすくんが私から離れて侯隆のところへ歩いて行った。
『よこちょー?起きてるー?なぁ、起きてるー?もうすぐ時間やて!なぁ、よこちょー』
『...聞こえとるわ!』
『返事せぇへんからぁー』
立ち上がった侯隆に頭を叩かれたやすくんが、笑いながら耳打ちすると、侯隆の視線が私へと移った。何だか顔を赤く染めてやすくんに何か言った侯隆が、口を塞いで笑っているやすくんをもう一度叩いたところで『お時間です!』の声が掛かった。
『はーい!』と元気に返事をしてそれぞれが楽屋を出る。繰り返されるリハーサルに誰一人文句も言わず、 楽しんでいるようにさえ見えるメンバーたちを後ろから見ながら楽屋を出る彼に続き最後にドアに手を伸ばす。
彼の押さえるドアを掴んだところで、くるりと後ろを振り返った侯隆にいきなり肩を掴まれて驚いた。
そのまま楽屋に押し込まれると、閉まったドアに押し付けられるように唇を塞がれた。
『...私情挟みたないけどなぁ、...お前が悪いんじゃ』
噛み付くようにもう一度塞がれた唇はすぐに離れて、呆気に取られる私に侯隆が小さく舌打ちをして楽屋を出た。
放心状態のまま取り残された私は、掻き乱された心を整えるべく深呼吸を繰り返して、遅れて後を追った。
ひと通りチェックが終わって裏で談笑している彼らを横目に、先に楽屋へ入った。すぐ後に一番乗りで入って来たやすくんは、迷わず私に駆け寄って耳打ちする。
『今日な、よこちょがな、最近ちゃんとしたもん食うてへんから風邪引いたんかなぁー言うてたから、#name2#さんとこ行けばー?言うてん!』
「...うん?」
『んで、よこちょな、俺が先に誘い掛けたのに、あいつ田辺くん優先してんで!ってキレててん!』
うそ。さっきのは仕事の話で、プライベートではないのに。
不機嫌の理由がわかって頬が染まった。やすくんが私を見て笑う。頭を押さえてしゃがみ込んだやすくんの後ろから、やすくんを殴ったらしい拳をキープしたまま頬を赤らめた侯隆が立っていた。
『ほんっまお前、なんやねん!』
『...へへっ、二人共可愛いんやもん!』
侯隆が舌打ちすると、ごめぇん!と気の抜けた謝り方をしてやすくんが楽屋を出て行ったから、ここには今二人きりだ。
『...今日、行くわ、』
「...あ、うん、」
『............。』
「............。」
『.......ほな、あとで、』
「...うん、」
目を合わせず言った侯隆が背を向けて、すぐにまた振り返った。一瞬のうちに私の唇にキスを落とし、再び背を向ける。
『...遅くなっても構わんし、...飯、作ってや、』
「...うん」
『......ん、』
後ろから見た侯隆の真っ赤に染まった耳に自分も頬を染める。
ケーキ屋さん、まだあいてるかな。クリスマスケーキ代わりのケーキ、買えたらいいな。あいてなかったら、コンビニでもいいかも。
今年最後になるであろう二人で過ごす夜のことを考えて、もうすでに頭も心も侯隆で一杯に満たされた。
End.
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