euphoria


essential




息苦しさに目を覚ますと、侯隆の腕が首に巻き付いていた。その腕をペチペチと叩いてみてもピクリとも動かないところを見ると、相当疲れが溜まっているんだろう。
最近ではマネージャーの私ですらしんどいと思う程カツカツのスケジュールでやってきている。だから久し振りに二人きりで居られるはずだったのに、体を重ねて日付が変わる前に2人で眠りに落ちてしまった。

力を込めて腕を解いても、侯隆の呼吸は変わらないペースで繰り返される。

まだ「誕生日おめでとう」を伝えられていない。
でも、少しでも長く寝かせておきたいから、今はこのまま帰ろう。今日の迎えは他のマネージャーだから、会うのは現場だ。私は一度家に帰って準備しなければ。

ベッドの下に脱ぎ散らかした服を拾い上げて袖を通す。現場で見るよりも幼い無防備な寝顔を見つめる。

毎日会ってはいても、現場で触れ合えることなど皆無だ。今は仕事量を見ても注目が集まっていることは容易にわかるから下手な行動は取らないように気をつけている。
普通の恋人のようなことがしたいのは勿論だ。楽屋で2人きりになれば、抱き締めて欲しいと思うしキスがしたいと思う。けれどスリルを楽しめる程の余裕はないし、あってはならない。
だからたまにやってくるこんなチャンスに期待を込めて、仕事中にアイコンタクトを取る。

私が寝ていた場所を探るように侯隆の手が動いた。暫く動き回った腕は、力尽きたようにシーツを掴んだ。
それを見てなんだか愛されているような気分になって、後ろ髪を引かれながら侯隆のマンションを出た。


楽屋に入って来た侯隆と挨拶を交わす間もなくメンバー数人が彼を取り囲む。手にしているのはプレゼントだろうか。その光景を見ながら心の中でだけ祝福の言葉を呟いた。

少し楽屋を出ている間に衣裳に着替えた彼らが楽屋から出て行く。廊下ですれ違った侯隆が声を出さないまま口が『おはよ』と形を作ったから、それに会釈をして応えた。

収録が終わった頃にはピリピリとした空気感に変わっていた。収録でトラブルがあり大幅に押したせいでスケジュールがずれ込んでいたから。

取材、撮影、また取材、そして収録。
誕生日だというのに合間に楽屋でぐったりとしてソファーに沈み目を閉じる彼を、私は支えることが出来ているんだろうかとふと思う。
本当に傍にいることしか出来ていない。それも、恋人としてではない。マネージャーとしてもそれなりに経験はあるけれどまだまだで、役に立つことなんて何一つ出来ていないような気がしてならない。

彼と一緒に居たいと思うけれど、こんな状況を目にする度に力不足を思い知らされる。
それでも、手は離せない。離したくない。離す勇気もない。

そんな中、去年の誕生日の話を思い出していた。
来年はもっと売れてるはずだから、誕生日は高級ホテルやな、なんて冗談を飛ばしていたけれど、まさか誕生日にこんなにバタバタしているなんて予想していなかった。
けれど、感謝せずにはいられない。だって今年の誕生日までこうして一緒に居られたのだから。

顔を上げると侯隆と目が合った。
今日はアイコンタクトをしている暇さえなかったから、久し振りのような気すらする。
彼の目が周りを伺うように見回すと口を開く。けれど、何を言われているかわからず顔を顰めて見せる。すると諦めたように顔を背けて溜め息を漏らした。


今日最後の収録の終わりに、スタッフが用意したケーキが運び込まれた。慣れたはずのそれに驚いて見せて笑顔を浮かべる彼の顔には、少し疲労の色が見える。

ありがとうございます、と周りに頭を下げる侯隆と視線が絡んだ。だから、いつも侯隆がするように「おめでとう」と口でゆっくりと形を作った。
他の人にするように頭が下げられすぐ視線は移る。それが少し寂しくなってしまったのは、絶対に内緒にしておかなければならない。



「お疲れ様でした」

地下の駐車場の送迎車の前で待つ私の元に現れた侯隆は、両手に紙袋を抱えていた。

『ちょっとは運んでくれてもええんちゃうの...』
「壊れ物だといけないので」
『...調子ええわぁ...』

ぶつぶつ文句を言う侯隆に笑顔を向けてスライドドアを開くと、紙袋を車内に放り込んでから侯隆が振り返った。
目が合うこと数秒、結局何も言わずに顔を逸らすからドキドキだけが残る。

すると車に乗り込むために足をかけた侯隆に腕を掴まれ引かれたから、後部座席の下に膝をついた。すぐにまた引っ張り上げられながら侯隆がスライドドアに手を掛けドア閉める。
戸惑って侯隆を見ると、腕をしっかりと掴まれたまま視線が絡んだ。

「なにしてんの、」
『今日くらいええんちゃう』
「...よくないよ、」

一度俯いてまた顔を上げた侯隆がふっと笑って再び私を見る。

『それやったら、高級ホテル、とる?』
「...本気で言ってる?」
『ええやん』
「見られたら困る」
『大丈夫やって』

大丈夫なんて思ってないくせに。けれど、去年のあの話を覚えてるということを伝えたかったのかもしれない。

「やっぱりもったいない」
『俺を誰や思てんねん』
「横山裕」
『......今はもうちゃうやろ』

不貞腐れたような顔をした侯隆に、ぶつかるように強引にキスをされシートに押し付けられた。絡められた舌が愛おしむように私の舌を愛撫するから、車だということも忘れてしまいそうなほどに翻弄される。

『...変わる』
「...え?」
『日付、変わる』
「誕生日、おめでとう」

催促したわりに照れ臭そうに顔を背けて咳払いした侯隆が
『...ありがとう』
と言った。

『朝まで一緒に居ったのに、“おめでとう”が一番最後て』
「言えたんだからいいでしょ?」
『...来年、...』
「...なに、」
『...や、なんも』

頷いてシートに押し付けられたことで乱れた髪を整えて起き上がる。まだ煩く脈打つ心臓には気付かない振りをして後部座席から運転席へ移動すると、ルームミラー越しにちらりと私を見た侯隆と目が合った。けれどすぐに顔ごと逸らされたから、エンジンを掛ける。

『...来年は、高級ホテルな』

ミラーで侯隆を見たけれど目は合わなかった。けれど口元に手を当てているから照れているのは一目瞭然で。
...私でいいんだろうか。公私共に役に立っているとは思えないけれど、それでもまだ隣に居てもいいんだろうか。

「いらないよ」
『は?』
「一緒に居られたらいい」
『......いきなり何を言うとんねん、』

照れ隠しの素っ気ない突っ込みが愛しくて口元が緩む。本当にくさいセリフが苦手な人だ。少しは言ってみて欲しいとも思うけれど。

『...普通に居るわ。当たり前やん』

妙に上擦った声は無理をしたせいなのか。愛しさがますます募って口元の緩みが引き締まる。何だか涙が出てしまいそうで、唇を結んだままハンドルを握り締め何度も頷いた。


Happy birthday!!  2015.5.9

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