Red
「明日迎えの車7時。モーニングコールは?」
『..........うん、』
「..........渋谷さん、聞いてる?」
『..........え、?』
「...明日7時!」
『...了解、8時、』
「おいおい!」
渋谷さん、上の空です。さっきから声は出るものの、ソファーに座ったまま一点を見つめて動きません。
『...あ、#name2#さん、もう車ええの、?』
「あー、はい。確認ですけど明日は何時ですか?」
『8時です』
「バカ!」
やっと動いて私の方に振り返った渋谷さん。やっぱり変。ここ最近、ずーっと変。
仕事でミスをするわけではない。けれど、プライベートにも多少なりとも気を配らなければならないから大変 。
これがもしも、恋だ なんていったら、さらに大変。
「準備出来た?帰りますよー」
『ん、出来た』
まったくもって覇気がない。
バラエティーではよく喋る。でも一旦楽屋に戻るともう上の空。
本当に最近ふにゃふにゃしている気がする。疲れてる、と言えばそうかもしれないけれど、やっぱりそうではないことくらい私にだってわかる。
今日は他に乗るメンバーはいない。二人だけ。聞いてみるいいチャンスかもしれない。
「...何してんの、」
『...寂しいやん』
「いやいや、見えるからダメ」
『...ええやん、別に、』
助手席に乗り込んで来た渋谷さんを運転席から外へ押し出して、後ろのスライドドアを開ける。何かブツブツ文句を言いながらも後ろに乗り込んだから、車を走らせた。
私がこの仕事に早く慣れることが出来たのは、渋谷さんのおかげだと言っても過言ではない。
歳が近いこともあって、仕事の合間に先輩マネージャー達の目を盗んでよく話してくれたりした。渋谷さん、と呼びながらも敬語じゃないのはそのせい。
「家でいいよね?」
『...寄ってく?』
「どこに?」
『うち。』
「クビにする気か!」
『ほんなら今度飯行こ。最近話せてへんし』
「...まあね。...なんか、悩みでもあるの?」
『...なんで?』
「ぼーっとしてるから。ここ最近」
『.............。』
あ、黙っちゃった。やっぱり確実に何かあるのは間違いなくて。でもここからどうやって聞き出すのかっていう問題。
ミラーでチラリと渋谷さんを見ると、伺うようにこちらを見ていたからびっくりした。
『...聞いてくれるん?』
「聞いてもいいなら、聞くけど」
『...今日は?』
「事務所の車だしなぁ...、今じゃダメなの?」
『下手したら事故るかもしれんし、』
「え、そんなに重大発表...」
『...まぁ、それもあるけど、』
また口を閉ざしてしまった渋谷さんに、小さく溜息を漏らしてパーキングに入った。
車が止まって顔を上げた渋谷さんがキョロキョロとあたりを見回す。一度車を降りて後部座席に乗り込んで、渋谷さんの隣に座った。
後ろならスモークがあるから外から見えない。
「...どうぞ」
『あ、え、ここで?』
「だって家の前に車止めるわけにいかないし」
『....あぁ、』
俯いて自分の手を見つめたままなかなかな話そうとしない渋谷さんに、若干時間を気にしつつ待ってあげる。
そんなに言いにくいことなのかな。急かすのも悪いし。
暫く黙っていた渋谷さんが、顔を上げてちらりとだけ私を見ると、また俯いてから漸く口を開いた。
『...好きな人が、居んねん、』
やっぱり...!そうだよね。それしかない。そうだと思ってた。
でもこの手の話題は、正直苦手。
『付き合ったらあかんやろ?』
「...どうだろ...、」
こういう時、なんて言ってあげるのが正解なのかと、いつも思う。だって「アイドルなんだから」なんて、言わなくても本人が一番良くわかっている。葛藤しているから、私に話してくれた事は間違いないのだから。
『...めっちゃ好きやねん』
「...お付き合いは?」
渋谷さんが小さく首を横に振った。
「......じゃあ、相手の気持ちは、」
『...それはわからん』
本当に思い詰めたような切ない表情をするから、思わず口から出てしまった。
「...外で、会わないように、する、とか...2人で歩かない、とか...」
俯いていた渋谷さんの視線が私に移った。マネージャーとしては言ってはいけないことなんだと思うけれど、同世代の同じ人間だと思えば、恋なんて自然なことで。
『...言うてみよかな、』
「...撮られないように、それだけ、気...」
『#name2#さん、...好きなんやけど、』
...うそうそ。なんで私なの。
もう、ずっと前に封印した。何年も前に心の奥底に封印した気持ちを、呼び覚まさないで。
手が震えた。渋谷さんが私の目をじっと見つめていて、目が逸せない。
『...ダメなんは、わかってんで、...けど好きやねんもん』
渋谷さんの背中がシートから離れた。私の肩に回った手に、ビクッと身体が揺れてしまった。
『...なに、...なんで泣くん、』
あ、私泣いてんのか。どうしよう。
これじゃあ、バレちゃう。
『...その顔は、同じ気持ちってことで、ええやんな』
拒否することなんて出来なかった。
当たり前。ずっと、好きだったんだから。簡単に放たれてしまった気持ちは止められなくて、近付いてくる唇を受け入れた。
求めるように抱き合って舌を絡めた。
...本当にダメなマネージャーだ。
最低だけれど、私は今間違いなく、世界一の幸せ者。
End.
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