euphoria


12



...あの、もしかしてですけど、
マンションの...えっと、
あそこの、アレですよね?
...あれ、何言うてんねやろ!
...や、ナンパとかちゃいますよ!
ただ、マンションのとこで会うなって...
見たことあるなって...たまに、
...ん、そうなんすよ。えっと...
...俺のこと、知ってます?


毎朝出勤する時、毎晩帰宅する時、少しだけ期待している。キラキラと光る彼の金髪は目立つから、辺りを見回すのが日課。

...いた。
その姿を見ただけで一気に早まる鼓動。けれど、それを悟られるわけにはいかない。私達は、ただのご近所さん。

『あ、おはようございまーす』

マンションの横のゴミ捨て場にゴミを出して振り返った彼が、私に笑顔を向けながら会釈した。会釈を返して、声が震えてしまわないようにバッグをきつく握り締め、細心の注意を払う。

「...おはようございます、」

パタパタとサンダルを鳴らして小走りで駆け寄って来た安田さんが私の前で足を止めると、ふわりと香る彼のイメージにぴったりないつもの香り。

『バイトですか?』
「あ、はい、」

バイト先は少し離れたコンビニ。
安田さんが私に話し掛けてくれた、あのコンビニ。

近所で会うたびに気になっていた。子供達に囲まれていたり、お年寄りの手を引いていたり、猫を撫でていたり。
まさか私のことを知っているなんて思いもしなかった。

「...安田さんは、」
『僕今日お休みなんすよ!』
「あ、そうなんですね、」
『はい!』

こうやって話せるようになるなんて、思いもしなかった。
嬉しくて、舞い上がって、前よりもっと意識する存在になったけれど、いくらシミュレーションしてみても上手く話すことが出来ない。

「...........、」
『...あー...ほな、いってらっしゃーい!』

今日もまたせっかくの会話のチャンスを無駄にしてしまう。

「いってきます、」

再び軽く会釈すると、ヒラヒラと手を振りながら安田さんが私を見送る。ちらりと顔を見れば目を細めて笑顔で私を見ていたから、それだけで頬が熱を持ち、前を向きながら頬を掌で覆った。

『...あ、待って!』

後ろから声を掛けられてドキリとする。思わず頬から手を離して振り返れば、安田さんが天を仰いだ。

『...今日、雨降るらしいっすよ』

そう言ってまた私に降りて来た視線。私を伺っているかのようなその目に、何だか胸がソワソワして拳に力が入った。

「...あ、じゃあ傘取ってきます...ありがとう、」

今出来る精一杯の笑顔を向ければ、安田さんが何か言いたげに口を開いた。

『…あ、』

それきり安田さんの言葉が止まってしまったから首を傾げて彼を見ると、私から目を逸らして俯き口元に笑みを浮かべた。

『...えっと...やっぱ、持ってかんでええんちゃうかなぁ...』
「え?」

予想外の言葉に思わず聞き返せば、上目遣いに私をちらりと見てから、安田さんがまた俯いた。ふっと息を漏らす笑い声に、ますます胸が高鳴る。

『...雨降ったら、俺...迎えに行こかな、...』

視界が狭まるような感覚。ただひとり、視界には安田さんしかいない。BGMは乱れ打つ早い鼓動。

安田さんが顔を上げて首を傾けた。照れ臭そうに少しだけピンク色に染まった耳と頬。それを見て、自分の顔が燃えるように熱くなるのを感じた。

『...何時に終わる?』
「...あ、16時、です...」
『迎え、行っていい?』

少し離れた安田さんに視線を向けると、目が合って安田さんが頬を掻いた。

『...行きますね、傘持って』

頷く前に言われたその言葉に、きゅんと胸が甘く締め付けられてますます顔が火照る。だから小さく頷いてそのまま俯けば、安田さんが『いってらっしゃい』と笑った。
一度安田さんに視線を合わせぺこりと頭を下げ背を向けると、また『あ、』と声がしたから足を止めた。

『雨、降らんでも行きますね』


End.

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