28
彼に対して気持ちはもうないと思っていたのに、涙が出るのはどうしてだろう。長く一緒にいたからか、本当はまだ私の中のどこかに彼が残っているのか、自分でもよくわからない。
夕方の公園でひとりベンチに座り、空を見上げた。もう辺りに子供達の姿はないけれど、20歳にもなるいい大人が一人で泣いているところなんて、誰かに見られたらさすがに恥ずかしい。だから涙が零れないようにただ上を向いて空を見つめていた。
後ろでシャリ、と砂を踏みしめたような音がしてすぐに、逆さまの亮の顔が上から覗いたから驚いて顔を戻した。
するとベンチを跨いでこちらに来て隣に腰を下ろした亮が、ふっと鼻で笑うからちらりと目を向ける。口の端を上げた亮が私を横目で見ていた。
『あは、また泣いてるやん』
今まで、何度亮の前で泣いたかわからない。高校の頃から付き合っていた彼と喧嘩する度亮に縋り付いていた。面倒臭いとか関係ないとか、そんなことを言いながらも一緒に居てくれる亮に泣き顔を見せるのも、きっとこれが最後。
『ほんっましょーもな!』
「...うるさい、」
こんなやり取りも、何度目かわからない。でも私はずっと亮に救われていた。支えられてきた。
亮は、きっと私のことが好きなんだと思う。利用したわけじゃない。ただ、亮の気持ちを知る前から当たり前に亮に頼ってきたのだから、それ以外の方法を知らないだけ。
『あいつの事で泣いてるんちゃうんやったら、抱き締めたるのに』
止まりかけた涙がまた滲んだ。彼のことを想った涙ではなく、今は、亮の優しさに触れて感情が昂った涙。
冗談のように吐かれた台詞が嬉しくて、...でも今は応えることが出来ない。さっきまでの涙の理由を説明する言葉が、まだ見つからないから。
「...何言ってんの」
顔を見ることは出来ないけれど、亮は笑っている。冗談に聞こえるように、からかっているように見えるように、笑いながらいつも私に想いをぶつける。
『や、ほんまは抱き締めたってもええねんで?』
いつも話を聞いてもらうだけで、隣に座ってくれているだけで落ち着いていた気持ちが、いつからか堪らなくドキドキするようになっていた。でも、自分の気持ちをずっと、誤魔化してきた。
亮がこれ以上踏み込んで来ないのは、私に恋人がいたからではなく、この関係が崩れるのを恐れているからのような気がしていた。
...たった今まで、そう思っていた。
いきなり掴まれた手首から亮に視線を移せば、顔を寄せられてドキリとした。相変わらず持ち上げられた口角。目の前で私を見つめる視線。きつく握られた手首。心臓の音が聞こえてしまいそうな程高鳴っている。
『...抱き締めたってもええねん』
気持ちを見透かされていたのは、私の方だったのかもしれない。
『それだけで済むかはわからんけど』
私の心を知っているような真っ直ぐな目から思わず逃げるように視線を逸らした。
『...泣きつく相手、間違うたな』
低く呟いてから皮肉っぽく笑った亮の唇が、私のそれに押しつけられた。
握られていた手首から手が離れ、髪を撫でるように引き寄せながら合わせられた唇は、私の心を惹き付けるのには充分過ぎた。
End.
- 28 -
*前次#
ページ: