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「...忠義?」
友人をマンションの下まで送って戻って来たら、リビングにひとり残してきたはずの忠義の姿が見当たらない。
...まさか、帰ったわけじゃないよね?
8人いた友人は残すところ忠義1人だけでちょっと緊張していたのに。しかも「下まで送ってくるね」と言ったら『早く帰ってきてー』なんて甘えたセリフを吐くから、ドキドキしながら戻って来たのに。
玄関に行ってみるとやっぱり忠義の靴はそこにあって、トイレを開けてみてもいないからリビングへと戻る。すると、片付けていなかったからみんながいる間は封印していた寝室のドアに目が行った。
寝室の扉を数センチ開いてみれば、真っ暗な部屋の中の私のベッドにうつ伏せる大きな体が目に入る。
パチリと電気を点ければ、忠義の瞼がぴくりと動いた。けれどその瞼が開くことはない。
「寝たフリしないの!」
すると忠義の目がゆっくりと開いて私を捉え、笑みを浮かべる。
『...寝たフリちゃうし。待ってたの!』
「は?」
横向きになり片手で頭を支えるようにしながらニコニコと笑う忠義は、私の気持ちに気付いていて弄んでいるんじゃないかと思う程あざとい。
『一緒に寝よ♡』
ふたりきりだというのに、平気でこういうことを言うからタチが悪い。まるで私の反応を見て楽しんでいるみたい。
「...泊めないよ?」
動揺を悟られないように鋭い視線を向けて言えば、忠義の表情があからさまに不機嫌なものに変わって唇が尖る。
『なんで』
「...だって、」
思わず口を噤んで目を逸らした。
忠義の『なんで』は、“俺のこと好きなのになんで”...の気がしたから。
体を起こした忠義がベッドの上で胡座をかいて私を見ている。視線を合わせることは出来ないけれど、更にベッドの端まで移動して下から覗き込むように私を見るから、追い込まれているみたいで鼓動が早くなる。
『俺と2人やと困るん?』
...ほら、絶対に気付いてる。
睨むように視線を上げれば、目が合った瞬間に忠義が笑みを零した。馬鹿にされているみたいで腹が立つ。
『なんかある思てんの?』
「...違う、」
ふっと笑って言った忠義を睨み付けて口にした強がりは、思いの外弱々しくて動揺する。
...悔しい。本当に好きなのに、悔しい。その気がないなら思わせ振りな態度、取らないでよ。
『まぁ...するけどな♡』
言葉の意味を理解する前に、伸ばされた忠義の手に手首を掴まれ強く引かれた。ふらついた体を支えるようにしてベッドに座らされると、数センチ程の距離しかない忠義の唇。
『友達、今日までにせぇへん?』
孤を描いた忠義の唇は余裕の証。嬉しいけれどやっぱりその余裕が悔しくて、やっぱり意地を張ってしまう。
「...私のこと、好きだったんだ?」
『うん、そうやで』
その返事も、触れた唇までもが余裕で胸が苦しい。キスの息苦しさと相まって忠義の胸を押せば、その胸から感じる早すぎる鼓動に、たまらなく愛しさが込み上げた。
End.
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