35
“ つまらんな ”
隣に並ぶだけでドキドキしてしまう。顔が見れなくなって、なんてことない会話すら出てこなくなってしまった。
“ 俺帰るわ。…どうする?”
その時から、何か起こるんじゃないかと期待してしまったから。
“ 一緒に来る?”
さっきまでの飲み会に、本当に退屈していただけかもしれない。その時たまたま隣にいた私が“つまらんな”に頷いたから、誘ったのかもしれない。
つまんないけど飲み足りなくて、だからたまたま隣にいた私を付き合わせようと思っただけかもしれない。
そして、楽だから、家で飲もうと思ったのかもしれない。
...きっと、そう。
煩い心臓を鎮める術を探りながら、汗をかいたグラスを見ていた。
隣の亮は、控えめに流れる音楽に合わせてリズムを取りながらスマホを弄っている。横目で盗み見てグラスを掴むと、口に含んだカクテルをゴクリと飲んでテーブルに肘を付いた。
手持無沙汰で落ち着かないから、無駄に髪に触れる。髪を耳に掛けると、ピアスに髪が絡んだ。それを外そうと再び髪に手を掛けると、自分より低い体温が耳に触れたからピクリと体が揺れた。
『どしたん?』
私を覗き込むように見た亮は口角を上げている。その目が耳へと移って、ピアスに絡まった髪を外し、取れたで、と言った。
「...ありがと」
...やばい、顔が熱い。触れられた耳にまでも熱が集まってきた感覚。赤いのに気づかれたらどうしよう。
『ドキドキした?』
息をするのも忘れて亮に目を向けると、笑いながら私を見ていた。いつもみたいにからかうような顔ではなかったから余計に恥ずかしさが込み上げる。更に顔がカッと熱くなる気がして、耳を隠すように掛けた髪を下ろしながら顔を背けた。
「...急に触るから...びっくりしただけ、」
酔いは醒めつつあったはずなのに、頭がふわふわする。思考回路が上手く回らずに、どうしようもなく緊張していた。
『そんだけ?』
「...そんだけ」
『ふーん』
その声が笑っているように感じたから追い詰められる。意識しているとバレたらバカにされる気がして、どう切り抜けようかと必死に頭を働かせる。
とりあえず、否定。否定しなくちゃ。
「...何」
ちらりと亮に目を向ければ、俯いて口元に笑みを浮かべていた。
『...や、...俺んこと、男や思てくれてんねやーって』
予想外の返答にドクリと心臓が脈打った。そんな言い方、嬉しいみたいじゃない。
「違うよ、」
咄嗟に出てきた否定の言葉は、何の説得力もない程に小さな声だった。
私に目を向けた亮は、目が合うとすぐに視線を逸らして目を擦る。それが亮が照れた時の癖だったから、ますます心臓は煩くなる。
『もっと意識して欲しいから、キスでもしてみよかな』
笑いながら下唇を噛んで、私の真っ赤に染まった顔を見た亮が、二人の間に手を付いて距離を縮めた。
『...緊張すんねんけど』
ふふ、と息を漏らした亮の顔が傾けられて近付く。軽く唇が触れて、伺うようにちらりと私を見た後、唇が押し付けられた。
床に付かれた亮の手が私の手を探り当て指を絡めると、少し離れた唇が笑みを浮かべて、柔らかく優しく唇を食んだ。
End.
- 35 -
*前次#
ページ: