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『ん、これ』
今日はいつも以上に落ち着きがなかったからビクビクしていた。
私の腕を啄いた侯くんの掌に乗る鍵を見て、やけに冷静に“やっぱり”と思った。
「...何」
『何って...鍵』
私を横目で見ていた侯くんに目を向ければ、気まずそうにその目が逸らされた。
...聞かなくたって、本当はわかってる。
『...この前、借りたやろ?お前ん家の鍵...』
この前、なんて、もう1ヶ月も経ってるよ。あれから何度も会っているのになかなか返されないから、ずっと持っていてくれるものだと思っていた。
返されるとしたら、このソフレという関係が終わる時のような気がしていた。
...だから怖かったの。嬉しい反面、いつだってビクビクしていた。
「...あぁ...なんだ、」
何でもない振りをして言った言葉が、少し震えてしまった。それに気付いたかのか、侯くんの目が私に向けられた気がしたから少し顔を背ける。
『何?』
「何でもない、」
侯くんの掌からその鍵を拾った。躊躇っている理由を聞かれたら答えられる気がしないから。
手にした鍵を無駄に手の中で弄ぶ。密かに奥歯を噛み締めて、侯くんから決定的な言葉が出るのに備える。
『...わかってる?』
ゴクリと唾を飲み込んだ。侯くんの顔を見ることさえ出来ない。怖い。どうしよう。目の前で、泣いてしまわないようにだけ、ただそれだけ...
『...それは俺ん家のやで?』
「え?」
思わず間抜けな声が漏れた。侯くんに目を向けると、絡んだ視線はすぐに逸らされ侯くんの掌へと落とされた。その手に握られた、もうひとつの鍵。
『こっちは俺が持っとく。...代わりにそれ、やるわ』
ドクンと大きく脈打った心臓はバクバクと激しく鼓動し始めた。一気に上昇した気持ちのせいで目の奥が熱い。けれど、泣いてしまうわけにはいかない。だって私達は...
『...ソフレ、やめへん?...やめてさ、ちゃんと...』
真っ赤に染まる横顔は私の涙腺を緩める。涙を零さないように耐え唇を噛み締める私を見た侯くんは、私に向き直り真っ直ぐに私だけを見つめた。
『恋人、なろ』
End.
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