euphoria


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「...泊まってっていい?」

出来るだけ普通に、普段の声色と変らない様に意識して言葉を紡いだ。章大に隠した手を固く握りしめながら。
グラスに氷を入れウーロン茶を注いでいた章大が表情も変えずに私を見遣ったから、すぐに目を逸らす。正確には“逸らしてしまった”。

『...なんでぇ?』

章大がふっと笑って言った。
私の前にウーロン茶のグラスを差し出し、それと引き換えにカクテルが入っていたグラスを遠ざける。ついさっきこの部屋を出た友人二人分のグラスもテーブルの端に寄せると、また私に目を向けた。

「...なんでって...いいじゃん...」

その笑顔はきっと、私がこんなに勇気を振り絞ってこの言葉を口にしたことなんて、知らない。

『眠なったん?』
「...そういうわけじゃないけど、」

そう。と言ってしまえばよかったんだろうか。けれど後悔してみても遅い。
アルコールが入ったところに緊張がプラスされた頭には、冷静な判断が難しい。

『...友達やから?』

自分のグラスに焼酎を注ぎながら言った章大に目を向ければ、ちらりとだけ私を見てマドラーでグラスの中身をくるくるとかき回す。

「...え?」
『友達やから手ぇ出さへん思てんねや?』

ドクリと心臓が脈打って、ふわりと笑って私を見た章大の目から視線が逸らせなくなった。

すると私のすぐ横に章大が手を付いて、傾けられた顔が至近距離まで近付けられたからドキリとした。目の前で私を見つめる章大の瞳は、今までに見た事のない色気を含んでいた。

『今、俺等ふたりきりやねんで』
「...何、」

普段より低い囁く様な声は私の緊張を煽る。こんなに激しく脈打つ鼓動が、章大に聞こえてはいないだろうか。

すると目の前で私を真っ直ぐに見つめていた目が細められて逸れると、同時にふっと息を漏らして章大が笑い私から離れて行った。

激しいままの心臓の音を聞きながら、口角を上げた章大がグラスを傾ける姿をただ呆然と眺める。からかわれた事に気付き始めた頃には、顔から火が出そうな程熱を持っていた。

『友達で居りたいなら、帰って』

明るめの声色で言った章大に、一度逸らした目を向ける。笑みを浮かべて私には目を向けず、マドラーで氷だけになったグラスを掻き回す章大の言葉には、どんな意味があるんだろう。

『一晩一緒に居ったら俺、多分無理やもん』

再び顔に熱が集中した。
掌で片方の頬を覆った章大の耳が、まるで照ている時みたいに赤かったから。そんな反応されたら、期待していまう。ただの遠回しの優しい断り文句だとは思えなくなってしまう。

「...どういう意味、」
『それ聞いてどうするん?』

頬に手を当てたまま目だけを私に向けて笑う章大に胸が高鳴る。

『知りたいってことは、受け入れる気、あるってこと?』

首を傾けて覗き込むように章大が私を見つめる。ごくりと唾を飲み込むけれど、渇いたままの喉は私の声を閉じ込めた。

『...なぁ、どうなん?』

そんなの、答えはもう決まってる。
もう一度近付けられた唇は数センチの距離でぴたりと止まり、アーモンド型の瞳が私を真っ直ぐに見つめてから優しく唇が触れた。


End.

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