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みんなが帰った後の部屋に、見覚えのあるキーホルダーが付いた鍵が転がっていた。それを拾い上げて胸が高鳴る。このキーホルダーは、私が忠義にプレゼントしたものだから。
“鍵、忘れてるよ”
“ほんまや!ごめん、取りに行く”
メッセージを確認して、途中になっていた片付けを再開した。空き缶をビニール袋に纏め、空のグラス達を流しへ運び洗い物をしながらも、頭の中はずっと忠義だった。さっきの忠義の行動を思い返していた。
広い部屋ではないけれど、部屋の中に8人も集まってテーブルを囲めばそれなりの距離が出来た。向こうの端に座る忠義にちらりと目を向けると、忠義もこちらを見ていた。ふにゃりと笑った顔にドキリとしたけれど、照れ臭くて笑みを作って目を逸らした。
私の隣にいた隼人がふざけて私の肩を抱いた時、じとりとした目で私を見ていた忠義。不機嫌そうな顔で忠義の口がパクパクと形を作った。
“ は な れ て ”
私の勘違いじゃなければ、忠義の口はそう形を作っていた。
つい20分程前、酔ってヘラヘラしながら玄関へ向かった忠義は、部屋を出るみんなの一番後ろで私を振り返った。
そして、唇が触れた。
“...じゃあ、また ”
何も言葉は出て来なかった。ただ呆然とその場に立ち尽くした。
今まで思わせ振りな言動はいくつもあったけれど、その中でも今日が一番の威力、だった。
インターホンが鳴ってドキリと心臓が跳ねる。思いの外進まなかった洗い物を流しに置いたまま手を洗って玄関へ向かうと、ドアを開ける手が震えてしまいそうで固くノブを握った。
『あ、ごめんなぁ』
ふわふわとした雰囲気を纏う忠義が、ふにゃりと笑って私を見る。
「気付いたの、家着いてからじゃなくてよかったね」
『ほんまやってぇ。ありがとぉ』
目を逸らして頷いた。顔を見ているとドキドキしてしょうがない。けれど結局逸らしても同じ。期待が鼓動に表れてしまっているから、どちらにしたって変わらない。
持っていた鍵を差し出すと、忠義の手が下に受け皿を作ったから掌へと鍵を乗せた。その鍵を包み込む忠義の指が僅かに私に触れただけでますます鼓動が早くなる。
「...終電、間に合う?」
『うん、まだ平気ー』
「...ん、ならよかった」
動揺を隠すために慌てて投げかけた質問は、大して時間を稼ぐことも出来ないまま終わった。
ちらりと目を向けると、一歩玄関へ踏み入った忠義の後ろでドアが閉まる。さっきまでのふわふわした雰囲気は消えて、忠義が黙って俯いていた。
「...どしたの、」
『...わかってたよな?』
顔を上げずに呟くように言った忠義を見つめたまま背中にじわりと汗が滲む。
『鍵忘れたの...わざとやって、ほんまはわかってたやろ?』
顔を上げた忠義が伺うように私を見遣る。体に沁みるような緊張感に包まれ、ただ黙って忠義を見つめた。
『受け入れたんはお前やで』
...わかってる。帰り際にキスをしようと距離を縮めた忠義は、確かに私に拒む時間を与えたのだから。拒まなかったのは、私。
『...せやから、お前が悪い』
近付けられた唇は、やっぱり触れずに止まった。同意を求めるように私の目を見て、それからゆっくりと唇が触れる。離れてすぐに頭を引き寄せられ再び唇が触れると、緊張で忠義の服を思わず握り締めた私の手を取り優しく指を絡めた。
End.
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