50
居酒屋の個室に2人きり。
今日会ってもらえるんだから、期待しないわけではない。けれど、この関係を壊す勇気もない。
バッグの中のチョコレートは手作りで、昨夜時間を掛けて章ちゃんのためだけに作ったのだけれど、今更それが恥ずかしくなってきて言い出せずにいた。
『おあいそお願いしますー』
「はい」
『あ、大丈夫。出すから』
差し出したお札ごと手を握り押し返され、胸が高鳴る。そうでなくても緊張しているのに、章ちゃんは何の気なしにこんなことをするからタチが悪い。鼓動に気付かれないようにパッと離した手で、バッグの中のチョコレートの箱を掴んだ。
「...ご馳走様」
『んー』
適当な返事をしてグラスに残ったアルコールを流し込む章ちゃんの前に、昨夜四苦八苦してラッピングした箱を差し出した。
ちらりと目を向けた章ちゃんが私が差し出す箱を二度見すると、受け取らずに首を傾けて私に笑みを向けた。
『なにこれ』
「...チョコ」
『そらそうやろな』
なかなか受け取らない章ちゃんに箱を押し付けるように渡すと、ふふ、と笑って『ありがとぉ』と受け取った。その箱をまじまじと見つめてまた私に戻って来た視線にドキリとする。
『作ったんや?』
「...義理だよ、」
恥ずかしさに耐え兼ねてまた余計な事を言ってしまうからどうしようもない。
けれど章ちゃんは上目遣いの様な角度で私を見て可笑しそうに口元に笑みを浮かべる。
「...何笑ってんの、」
『あは』
怪訝な目を向けて言えば、章ちゃんの目が細められふにゃりと笑いリボンに手を掛ける。
『開けていい?』
「...ダメ」
『なんで?』
驚いたように目を丸くして私を見た章ちゃんから顔を逸らし、火照った顔を隠すみたいにお冷のコップに口を付ける。
「...なんか恥ずかしい」
『んふふ、ええやん別にー』
「帰って一人になったら開けてよ、」
返事が返ってこないからちらりと章ちゃんに目を向ければ、俯いて笑いながら呟いた。
『帰っても一人ちゃうもん』
その言葉にドキリとしてしまった。だって章ちゃんは一人暮らしのはずだし、犬がいる以外のことは知らない。誰か家で待っている人でもいるんだろうか。
「...誰かいるの...?」
『んーん、一緒に帰ろ。俺ん家』
思わず口を噤んだ。動けずに、視線も逸らせずに、ただ自分の顔に熱が集まってくるのを感じていた。
突然の誘惑は私の思考を停止させて、章ちゃんの言葉だけが頭の中でリフレインする。
『帰って、2人で食べよ』
「..............、」
『...わかってる。これ、義理ちゃうもんな?』
首を傾けて柔らかい笑顔を向ける章ちゃんに言いたい事は色々あるのに、何一つ言葉にならない。
ただ、もう私の気持ちを伝えてもいいことだけはわかったから、小さく頷いた。
すると章ちゃんの手がポンポンと頭を撫でる。
『さ、かーえろ』
私の手を握って立ち上がり手を引く章ちゃんは、満足気な顔でチョコレートを大事そうに胸に抱き、立ち上がった私を優しい笑顔で包み込んだ。
End.
- 50 -
*前次#
ページ: