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「...章大には言わない」
どうしても知られるわけにはいかないの。
「...章大には、関係ない...」
冗談みたいに誰が好きかなんて問われて、面白がってしつこく聞かれて動揺していた。だからそんな言い方をしてしまっただけ。
こんなノリで好きと言えるような勇気は持ち合わせていない。それどころか、知られることさえ怖いのだから。
章大が黙ったからほっとした。
ちらりと視線を向けてみれば、俯いた横顔が少し不機嫌そうに見えて胸がざわつく。
...言い方、まずかったかな。関係ないなんて、さすがに...
視界の端で章大が動いたと思ったら、二人の間に手を付いて距離を縮めた。そして一瞬ですぐそこまで迫った章大の鋭い目に気を取られていたら、唇が近付いてきたから思わず弾かれたように後ろに下がる。ほんの僅かに触れた唇の感触に顔がカッと熱くなった。
「...何すんのっ、」
『...キス』
あっけらかんとしてただ私を見つめるその瞳は、動揺を隠せない私と正反対すぎて戸惑う。
「...なんで、」
...なんで、キスなんかするの。
突然こんなことになるなんて、思ってもみなかった。
『...何が』
そう言った章大は眉を顰めまた不機嫌そうな表情で私を見遣る。
なんでそんな顔するの。全然わかんない。怒りたいのはこっちの方じゃない。
だって、だって私のことなんか...
「...好きじゃないくせに、」
目を逸らして俯けば、視界の端の章大も顔を逸らした。
暫くの沈黙の後、章大がふっと鼻で笑ったからちらりと目を向ける。すると俯いたまま睨むように視線だけを私に寄越して章大が言った。
『...好きやったらしてええの?』
その鋭い視線に射抜かれたように動けなくなった。今日の章大はおかしい。いつもと違い過ぎる。
『...ええねや?』
私に問いながら章大が口の端を上げて笑うけれど、苛立ったような表情は変わらない。その苛立ちの裏に、どんな思いが隠れているんだろう。
これじゃあまるで、私のことを。
何も言えずにただ唇を噛み締めて見つめる私との距離を、章大がまた縮める。
『...なら、するで』
30cm程の距離で私を見つめていた章大の顔が傾けられて近付く。
「待っ、」
『待たれへん』
ぐっと肩を掴まれて至近距離で章大が私の目を覗く。真意の読めなかった色のない目は、熱を宿して私を射抜く。
『...お前が言うたんやからな』
絞り出すように低い声が耳に届くと同時に唇が塞がれた。すぐに髪を掴んだ手は私を高めるように掻き乱し、乱暴に愛撫するような唇が私の心ごと攫った。
End.
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