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賑やかな神社の隅のベンチで何となく言葉も交わさずに、二人並んで座っていた。二人の間には微妙な距離があいていて、横顔を見るのすら躊躇ってしまう。
本当は見ていたいのに。
折角の夏の思い出なのだから、今私が見ているこの景色の中心に侯くんを置いて、しっかりと心にも瞼にも焼き付けたいのに。
この時間が終わってしまうのが寂しくて切なくて、ただ黙って俯いていた。
『...これで終わりやな。夏』
侯くんが小さく呟いた。
わかってはいるけれど、侯くんにいざそう言われてみると、更に胸がぎゅっと締め付けられる。
初めて二人で来た夏祭りは、そこの鳥居をくぐれば、もう終わってしまうんだから。夢の中から、現実に戻ってしまうみたい。それと共に、侯くんまでも消えてしまいそうな気がしてしまう。
「なんか...寂しいね。...よくわかんないけど」
自分で言っておきながら、何を言いたいのかわからない。何か話していないと、すぐにでもこの時間が終わってしまいそうで、不安だったのかもしれない。
誤魔化すように笑って俯いた私から目を逸らした侯くんが、向こうの賑やかな屋台を見遣る。もう既に片付けを始める店も出てきて、本当に終わりが近いのだと実感した。
『屋台のおっちゃん、みんな勘違いしとったな』
やっと侯くんをちらりと見たけれど、侯くんの目は私に向けられなかった。
“勘違い”とはきっと、侯くんを私の“彼”と呼んだり、私を“彼女”と呼んだことを指している。最初は否定していた侯くんも、途中から諦めて苦笑いしていた。私は、それでよかったのだけれど。
「...ね。なんかごめんね」
...でもお陰で、いい思い出出来た。一瞬でも侯くんの彼女の振りをして、幸せな気分になれた。...今となっては、逆に少し寂しいし、少しだけ虚しくも感じるけれど。
『...ほんまに、なったろか』
呟くように吐き出された言葉に、思わず目を丸くして侯くんを見遣る。
すると向こうを向いて表情を隠した侯くんが、またボソリと『冗談』と呟いた。
動揺する私を振り返ってちらりと目を向けると、侯くんが俯く。
『...やっぱ取り消すわ』
え、と聞き返す声は、一瞬のうちにキスに呑まれた。
すぐに顔を背けた侯くんの横顔から目を逸らして俯く。激しく脈打つ心臓のせいで、じわりと背中に汗が滲む感覚がした。
『...“冗談”て言うたの、取り消す』
顔を上げると、真っ赤な顔をした侯くんと視線が絡んだ。バツが悪そうに唇を結んですぐに視線を逸らされ、見つめたその横顔を瞼に焼き付けた。
End.
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