euphoria


58


水を張ったバケツに浸かっている花火たちを見ながら小さく溜息を漏らした。開始30分も経たないうちに、あっという間に空になった花火の袋から目を逸らし空を見上げた。澄んだ空はいつもより高く感じる。“秋の空は高い”という言葉を思い出し、夏の終わりを実感してしまって切なさがじんわりと胸を締め付ける。

『落ちてんで』

信ちゃんの言葉で空から線香花火に目を移す。持っている事すらも忘れてしまうほど軽い線香花火から足元に火種が落ち、私が見るのと同時にオレンジから燃え尽きた黒へ色を変えた。

手元に残った和紙のこよりをバケツへ放り投げると、水の中へ入らず砂の上に音もなく落ちた。立ち上がってそれを拾い、再びバケツの水へ漬けると、信ちゃんが私へ一本の線香花火を差し出す。

『これで夏、終わるで』

今年の夏最後の花火は二人で。誘ったのは私。信ちゃんと、夏の思い出を作りたかった。季節が少しずつ変わるだけで、明日が来ないわけではないのに、妙な虚無感に襲われていた。

受け取って垂らした最後の線香花火の下に信ちゃんがライターを近付け、火を点ける。

「...そだね」

信ちゃんに言われてみると、何だか信ちゃんにこの想いに終わりを告げられたような錯覚に陥り、心が沈む。

飛び散る火花を見ていた信ちゃんの視線が急に私に向けられて横顔を見つめるから、照れ臭くて目を向けられず手元の花火を見つめる。

「...余所見してたら落ちるよ」

弾ける自分の火種へと向き直った信ちゃんのその横顔を、今度は私が盗み見る。

『なんで俺なん』

ドキリとした。目を逸らす前にこちらを向いた信ちゃんと視線が絡んだから。

『なぁ。なんで俺と二人なん』

突然投げ掛けられた核心をつく質問に思わず目を逸らして視線を彷徨わせる。精一杯動揺を隠して曖昧に笑うと、信ちゃんの火種がポタリと地面に落ちた。それに気を取られていると、距離を詰めた信ちゃんが私を覗き込むように見つめた。心臓が脈打ったのが早いか触れたのが早いかわからない。信ちゃんの唇が、一瞬で私の唇を攫った。

すぐに立ち上がった信ちゃんは、何事も無かったみたいに片付けを始めるから、熱くなった頬の温度を確かめるように密かに手を当て、その横顔をちらりと盗み見た。

『...次、どうする』
「...え、?」
『まだ会うて30分や。帰るには早過ぎるやろ』

くるりと私の方を向いた信ちゃんと目が合うと、バツが悪そうにすぐに視線を逸らされた。

『...俺んち、行こか。嫌やったら、ファミレスでも、どこでも』
「...行く」

信ちゃんが私に視線を戻すと、何故か睨むような目で私を見て頷いた。それが照れ隠しだと気付いて、ふたりの夏が少しだけ延長されたような気がした。


End.

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