Sign
ベッドに横になり天井を見つめていたら、着信音が鳴ったから顔の横の携帯に目を向ける。
...章ちゃん。
集中力が途切れるから舞台の間は携帯を見ないと言っていたから、舞台が終わるまで会わないし、電話もしないことにしようと約束した。
だから少し嫌な予感がしてしてしまった。
『...あ、出てもうた』
通話ボタンを押して耳に当てると、思いの外呑気な間延びした声が聞こえてきて少しだけほっとする。
「掛けてきたの章ちゃんじゃん」
『あは、間違うて掛けたぁ』
静かな章ちゃんの部屋に笑い声が反響して、なんとなく違和感を感じる。
...そうだ、いつもは大体音楽が聞こえているから、それすらない静かな部屋が珍しいのだ。
「舞台終わるまで電話しないって言ったのにー」
『な!』
冗談交じりに笑えば章ちゃんも、んふふと笑って携帯に息が掛かる。その息遣いがリアルで近くにいるような気がして目を閉じる。
...一ヶ月。寂しくないわけじゃない。けれど、体重が落ちる程全力で必死に挑んでいる作品なのだから、私は見守ることしか出来ないのだ。
「な!じゃなくて...」
『だからぁ、つい指が押してもうたのぉ!』
どんな理由であれ声が聞けたのだから満足。...うん、意外と大丈夫そう。一ヶ月なんてきっと、あっという間。
「...ん、じゃあ切るね」
『うん』
うん、と言ったきりしんと静まり返った携帯を耳に当てたまま、少し胸が痛くなる。
「...章ちゃん?」
『......ほんまにしんどくなったら、...また電話しよかな』
きっと電話の向こうで口角を持ち上げて言ったであろう章ちゃんの少し疲労した笑顔を思い浮かべて胸が苦しい。
“また”ということは、きっと今もしんどいというサインなのだ。
でも章ちゃんは言わない。しんどいなんて、きっと私には言わない。だから私は、いつも章ちゃんがしてくれるように、甘えられる場所を作らなければ。
「しんどくなくても掛けていいのにー」
精一杯明るい声色で言えば、章ちゃんがふっと息を吐き出した。
『掛けへんように頑張るー』
...そんなに頑張らなくていいのに。
その無責任な言葉は飲み込んだ。今の章ちゃんを否定するみたいで、言えなかった。
「ご飯だけちゃんと食べてくれたらいいよ。あ、あとちゃんと寝てね」
『わかってるわ!』
弱音に近い言葉の時とは明らかに章ちゃんの声色が変わった。少しでも力になれたのなら、それでいい。
いくら心配だと言っても、章ちゃんは手を抜かないのを知っている。
だから母親のような言葉は全部飲み込んで、きっと今よりも強く大きくなってここに帰って来るその背中を、思い切り抱き締めよう。
End.
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