euphoria


Kissing


シャワーの音が聞こえるだけなのに、少しドキドキしている。
章ちゃんが久し振りに会いに来てくれた。相変わらず忙しそう。ライブを見に行ったけれど、会ってはいないからかなり時間が空いていた。

妙にそわそわして落ち着かない。見ているテレビも、目は向けているけれど頭には入って来ない。
だって、付き合ってから電話やメールはしていたけれど、まだ何度かしか会っていないんだから。

章ちゃんがお風呂から出て来て、私が見ていたテレビの横に立って髪を拭きながらテレビに見入っている。全裸でそんなとこに立たれたら、嫌でも目に入るんですけど。

『あは、めっちゃおもろい!』
「...章ちゃん」
『えー?』
「...服、着ようか、」
『あ、俺のスウェットある?...あ、パンツ履いてへんわ』
「お風呂場。出しといたよ」
『え、気付かんかった!』

お風呂場へ戻って行った章ちゃんを見ながら、なんだか不思議な感覚に陥った。
あんな大きな舞台の真ん中に立っていたこの人が、正真正銘のアイドルだったこの人が、今こんなところで私と一緒に居るなんて。

『なぁー、この前の』
「...んー?」

ソファーの端に座っていた私と肘掛けの間に無理矢理入って来た章ちゃんが、テレビに目を向けたまま聞く。

『自分で取ったん?チケット』
「うん。そう」
『取ったるのになんで言わへんのー?あのうちわ持った写メめっちゃびっくりした!』
「ツイッターで知り合った友達と行ったからー」
『えぇ?...#name1#って意外とアクティブやねんなぁ...』
「取ってもらったなんて言えないでしょ?エイターの友達には、さすがに」
『...エイターの、友達...』

納得が行かないような顔をしながらふーん、と頷いてこっちを向いた章ちゃんの視線が、私で止まったからドキドキする。傾けた章ちゃんの顔が近づいて、数センチのところでピタリと止まった。唇から私の目に視線を移してふっと笑うと、触れるだけのキスを落とした。
私のドキドキが見透かされているみたいで恥ずかしい。

抱きつくように私に体重を掛けるからソファーに倒れ込むと、仰向けになった私を見て、うふふと笑う。章ちゃんの上半身が私の下半身に乗ったまま、腰に腕を回してお腹に頭を乗せてまたテレビに目を向ける。

ちょっと期待してしまったけれど、今はそういう雰囲気ではなさそうだ。するのかな、なんて思ってしまったのが恥ずかしくて、掌で顔を覆った。
けれど、私に触れながら穏やかな顔でテレビを見ている章ちゃんを見ていたら、甘えている子供みたいで何だか笑ってしまった。

『え、なにー?』
「何でもない」
『...そ?』

私を見てまた微笑んで、テレビに視線が移ると、両腕で私の腰にギュッと力を込めた。
それを見ていたらなんとなく、昔飼っていたペットのことを思い出した。

失恋して泣きながら帰って来た私に飛び付いて、ブンブンと尻尾を振りながら顔中を舐め回していたその子を見て、こんなにわかりやすく愛情表現が出来ることを羨ましく思った。
なんで犬が相手だと、こんなに愛されていると感じるんだろう。これが人間だとどうして、本当に愛されているのかと疑ってしまうんだろう。

その懐かしいような、苦いような気持ちを思い出して、ぼんやりと章ちゃんを見つめた。

「...章ちゃん」
『なーにー』
「...なんでもない、」
『えぇ?』

何を言おうとしてるんだろう。
思わず、好き、と言ってしまいそうになった。急にそんなの、恥ずかしい。

『もー、なんなん?さっきからー』
「なんでもなーい」
『構って欲しいん?』
「んーん」
『キスしたいん?』
「.......んーん、」
『ほんなら、えっちしたいん?』
「......違う、」

顔を逸らした私を見てふっと笑った章ちゃんが、ソファーに手をついて体を起こし1秒にも満たない程のキスをしてまた定位置のお腹へと戻って行った。
甘えるようにお腹にぐりぐりと顔を埋めてから、こっちが恥ずかしくなる程幸せそうな笑顔を私に向けて、テレビに再び視線を向けた。

「...章ちゃん」
『今度はなんですかぁー』
「......私のこと、大好きでしょ、」

章ちゃんの丸くなった目がまた私に戻って、今度はあははと声を上げて笑った。

『うん。好きやなぁ。めっちゃ好き!』

...うん、わかる。今は章ちゃんの気持ちが、すごくよくわかる。
やっぱり章ちゃん、犬っぽい。愛情表現がすごく上手だ。

『#name1#も、好きやろ?』
「え、」
『俺のこと、好きやんな?』
「..............、」
『...ふふっ』

私は愛情表現が下手くそだ。うん、だけでいいはずなのに、何も言えなかった。酔っていれば、あの時みたいに大胆なことが出来るのに、どうしても口に出すのは恥ずかしい。
そんな私を見ていた章ちゃんが笑った。

『ほんまにわかりやすいなぁ』
「...なにが、」
『顔ですぐわかる。考えてること』

頬に章ちゃんの手が触れて、自分の頬が赤いのだと気付いた。
ニコニコと私を見ている章ちゃんに尻尾はないけれど、あるとしたら、絶対ブンブン振っていると思う。

『よし!構ったるよぉ!』

リモコンでテレビを消した章ちゃんが、腰に回した腕でギューっと締め付けて、私のお腹の上で、はぁーっと溜息と一緒に声を漏らす。

『...寒いな、...#name1#ー、寒いー。毛布持って来てー』
「...えー、」
『持って来てぇやぁー』
「章ちゃんが乗ってるから無理ー」
『えー...。...ほんならさぁ、2人で暖かくなること、する?』

章ちゃんが私を見て首を傾げ、一瞬の間をあけて吹き出した。
どうやら私は、自分が思うよりもずっと、愛情表現が上手に出来ているのかもしれない。

「...なんで笑うの」
『んーん!なんも!』
「...私、したいなんて、言ってないよ、」
『わかってるよぉ』
「...笑うんだもん、」
『...うん、...俺がしたいだけ』

友達の頃には見たことがなかった。口元は微笑んでいるのに、こんな誘うみたいな色気のある顔。
私に跨って上に上がってきた章ちゃんの唇が、綺麗に弧を描いたのを見ていたら唇が重ねられた。
甘く絡められる舌に本当に溶かされてもいいと思う程幸せだ。
愛されていて、負けないくらい愛していて、胸が苦しくて、その苦しさと同じくらい力を込めて章ちゃんを抱き締めた。

『#name1#、苦しい、』

そう言って笑った章ちゃんに、もっと伝わればいい。言葉に出来ない想いを全て、この腕に込めて。


End.

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