euphoria


Liar


『クリスマスですかぁ?
 なんでそんな寂しいこと聞かはるんすか!
 ...彼女ですか...、
 居ったらよかったんでしょうけどね...。
 まぁ、当日はライブですし、
 彼女居らんでも楽しませて頂きます!
 イブも有難いことにお仕事させて頂いてますよ。
 10年前は丸一日お仕事なんて
 考えらなかったんすけどねぇ、あは!』

シャワーから出て髪を拭きながら、リビングに立ち尽くし記憶に新しいワイドショーの章ちゃんを頭に浮かべる。
最近はわりと会っていたし、そんなに寂しいとは思っていない。クリスマスだからって別に特別な感じはしていないし、一昨日食後にケーキも食べたし。

ソファーの下で丸くなっているモコモコした塊を呆然と見つめる。私より可愛いかもしれない部屋着に身を包んで、ソファーの下で膝を抱えて膝に顔を埋めているそのモコモコの塊が、はっとしたように顔を上げる。そして何度か瞬きを繰り返して眠たそうなその目が私を捉えると、ふにゃりとした笑顔を見せた。

『ただいまぁ』
「...おかえり」

来る前にいつも連絡があるわけではない。だから今日だって来てもおかしくはないんだけれど。明日はライブで朝から移動だと聞いていたし、今日は丸一日仕事だとワイドショーで見たばかりだ。だから驚いた。

髪が濡れている。多分、急いで家に帰ってシャワー浴びて出てきましたみたいな感じ。風邪引くってば、と思ったけど、いつも薄着な彼にしてはしっかりとした防寒着がハンガーに掛けられていたし、彼の優しい行動に口を噤んだ。
家から来たはずなのに(多分)『ただいま』と言ったのも、さすが章ちゃんだと思う。

『なぁなぁ、』
「..............。」
『...#name1#ー?聞いてるー?』
「.........うん」
『はよ髪乾かさんと風邪引くで』

...それはこっちのセリフだよ。けど言わない。きっと『そうやな』って笑うだけだから。

手にしていたドライヤーのコンセントを差し込みソファーに座ると、章ちゃんの髪に温風を当てた。目を丸くして私を見た章ちゃんが、またふにゃりと笑う。

『ケーキ、買ってくればよかった?』
「いい。こんな時間から食べるって勇気いるし」
『あは、ほんまやなぁ』



25日 0:05。
口元に笑みを浮かべて目を閉じる章ちゃんの横顔を見ながら、わしゃわしゃと髪を乱す。心地よさそうな穏やかなその顔を見られるのが自分だけの特権のような気がして、なんだか胸がきゅんとした。

ただ黙って章ちゃんの髪に指を通す。乾いた髪を撫でて、今度はドライヤーを自分に向けた。
未だ目が閉じられたまま少し俯く章ちゃんのその肩を揺すって声を掛ける。

「章ちゃん、先寝てていいよ」

目を開けた章ちゃんがぼんやりと私を見つめてから口を動かした。けれど、ドライヤーの音で聞こえない。首を傾げて「なに?」と聞き返せば、下からソファーに上がって私の隣に腰を下ろした。

いきなり顔が近付いて覗き込まれると、あっという間に唇にキスを落として耳元に唇を寄せた。

『せっかく来たのにぃー』

それだけ言い残すと立ち上がって私の半乾きの髪を撫で寝室へ入って行った。
...だって、本当に眠たそう。暇なわけではないのに頻繁に家に来ていたし、疲れていないはずがない。

少しだけ湿っぽい部分はあるけれど早めに切り上げた。
寝室へ入ると章ちゃんがこちらに背中を向けて寝ている。...珍しい。あんなことで拗ねているとは思えないのに。いつもはちゃんとこっちを見て寝てくれるのに。

隣に横になって章ちゃんの背中を見つめる。背中をつんつんと指で啄くけれど反応はない。
背中に手を当てて遠慮がちに揺すってみても、反応はない。
体を起こして章ちゃんを覗き込んでみたけれど、閉じられた瞼は動くことはない。もう本当に夢の中なのかもしれない。
最近妙に食事を気にして鍛えているせいでだいぶ細くなったウエストに後ろから腕を回して抱き締めた。

“彼女居ない安田くん”が、世間を欺いて今ここに居ることが嬉しい。誰も知らないふたりの時間があることが幸せ。だから本当に、無理をして来てくれなくてもよかったのに。嬉しいけど、心配だから。

モコモコの背中に顔を埋め腕の力を強める。すると、ふっと章ちゃんの息が漏れた気がした。

『...んふふ、なにぃ?』

...起きてた。普段自分からこんなことをしないから、妙に恥ずかしくなって回していた手を離した。すると章ちゃんが向きを変えて笑顔で私を見て向かい合う。

『どしたん?したい?』
「...ちがう、」
『ちゃうんかい』

笑いながら両手を広げた章ちゃんが、それでも動かない私を見て首と背中に腕を回し引き寄せた。腕の中でぎゅっと締め付けられて顔を上げると、優しく見つめられながら私の腕を章ちゃんの背中へと導く。章ちゃんが私にするのと同じように章ちゃんの背中を抱き締めて、もう顔は見えないから目を閉じて首元に顔を埋めた。

『...なんかなぁ?クリスマスに彼女とか居れへんしーとか言うたらぁ、ほんまは居るし!って見栄張りたくなってん』
「...意味わかんないよ」

いつもより間延びした話し方で、眠たいからか言葉はめちゃくちゃ。けど本当は意味だってちゃんとわかってる。テレビ見てたし。でも本当は違うんでしょ。見栄張りたかったわけじゃないでしょ。

『んふふ、わからんでええわぁ』
「...本当は“彼女いない”って言ったの、気にしてるくせに...」
『え?なんてぇ?』

顔を埋めたまま小さな声で言った。聞こえていなくていい。そんなことを言ったら図星みたいだから。

ふたりの間に少し隙間を作って私を見た章ちゃんが笑いながら頬をペチ、と叩く。

『なんやねん、言えや』
「...嘘つきー、って言っただけ」
『えぇ?なんで?俺嘘ついてへんよ!』
「私にじゃないよ」
『...............。』

多分、気付いた。一瞬、あ、って顔してた。

「...わかんなくていいよ」
『同じこと言うなやぁ』

わざと拗ねたような顔をして見せた章ちゃんに肩を押されベッドに押し付けられると同時に、章ちゃんが私を跨いで上から見おろす。

『目ぇ覚めてもうた』
「...起こしてごめんね」
『する?』
「..................、」
『したかったんちゃうのぉ?...違うとは言わせへんけど』

だって、あんなに眠たそうだったじゃない。...なんて思ってるうちに唇は塞がれて優しく髪を撫でられる。

この時を知っているのは確かに私達ふたりだけで、その秘密の時間が私を強くする。
章ちゃんの嘘がくれた思わぬ幸せに、今胸がいっぱいで愛しさが溢れる。

『...何見てるん?』
「...章ちゃん、...ありがと、」
『どういたしましてー。......何がぁ?』

ふざけたように笑う章ちゃんがたまらなく愛しい。普段とあまり変わらないこの光景も、私にとっては、なんてことない特別なクリスマス。


End.

- 4 -

*前次#


ページ: