Capacity
シャワーから出てすぐに、リビングからアコギの音色が聞こえてきた。その音色に誘われて髪も乾かさずにドアの前に立って、俯いたその横顔を見つめた。
静かにドアを開けると、手は止めずにこちらを見た章ちゃんが私に微笑んでまたアコギに向き直る。
章ちゃんの座るソファーとは別のソファーに腰を下ろしぼんやりと章ちゃんの手元を見ていた。弦の上を指が滑ると、私が好きだと言ったフィンガーノイズが出て章ちゃんが私を見て笑った。頷くように少し体を揺らしながら意識して出してくれるその音も心地よくて目を閉じれば、ふわふわと眠気が押し寄せてくる。まだ髪も乾かしていないのに。
突然、言葉にならない歌をメロディーに乗せていた章ちゃんの声と同時にアコギのメロディーも止まった。
『どしたん、大丈夫?』
目を開けるとふふん、と笑い首を傾けた章ちゃんが、返事をしない私にまた笑って立ち上がった。アコギをケースに仕舞って再びソファーに座ると、また首を傾げてニコニコと私を見ている。
「...髪、乾かして」
見られていたのが少し恥ずかしい。目を逸らして照れ隠しのように言ってみれば、章ちゃんが一瞬動きを止めた。
『なんでぇ?』
章ちゃんに目を向けると、その言葉と表情だけで『珍しい!』と思っているのがわかる程目を丸くして私を見ていた。
「...面倒臭いから」
その言葉にまた動きを止めて、章ちゃんの唇が少し尖る。まるで拗ねているかのように。
『嫌や』
「なんで!」
『甘えたいから♡...とかやったら乾かしたったのになぁ』
じとりとした視線で私を見ながら言う章ちゃんは、いつもの章ちゃんより子供っぽくて愛しい。
「...甘えたいから♡」
尖っていた唇は引っ込んで、真っ直ぐに私を見つめるから、自分で言った言葉とはいえ恥ずかしくなってくる。
『嫌や』
「なんで!」
『もう遅いわ』
わざとらしく外方を向いた章ちゃんに、今度は私が唇を尖らせる番。
「...ケチ」
ちらりと章ちゃんを見れば、口元は少し歪んで口角がひくりと上がる。堪え切れなくなった唇が弧を描きこちらを向くと、笑いながら私に手を差し伸べた。
『もぉ...はよおいで、風邪引くやん』
小さく頷いた私の手を身を乗り出して掴んで引くと、濡れた髪に顔を埋めて体ごと包み込む。
「...濡れちゃうよ、章ちゃん」
『んー』
パッと顔を上げた章ちゃんに、一瞬でキスを落とされた。少し赤みが残る目尻を章ちゃんの親指が撫でて、機嫌を伺うように覗き込む。
私の目をじっと見つめて笑うと、ぎゅっと力を込めて抱き締めてから離れて行った。
『さ、はよ乾かしてベッド行こ』
ドライヤーの温風と章ちゃんの優しい掌に目を閉じれば、さっきまでのどんよりとした気持ちは晴れて、今日も章ちゃんによって心があたたかく幸せな気持ちで満たされる。
End.
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