偶然の二人きり
隣を歩く先輩を盗み見てから俯いた。さっきから顔が熱くてきっと真っ赤だから、暗い時間帯でよかった。
バイト帰りに安田先輩に偶然会った。コンビニに行くところだと言っていた先輩は今、コンビニとは反対方向の私の家に向かって一緒に歩いている。
「...先輩、」
『何ぃ?』
間延びした声が返ってきてちらりと先輩を見れば、空を見上げていたその目が私に降りてきたから思わず目を逸らす。
「...コンビニ行くんじゃ、」
『そうやで?』
「私に着いてきたら、反対方向...」
言いながらまた伺うように視線を向けてみれば、先輩は笑みを浮かべて俯いていた。
『だって、会ってもうたし』
「え?」
俯いていた顔が上がって先輩が私に笑顔を向けた。大好きなその優しい笑顔に見惚れながら、段々とその意味を理解し始めて顔が熱くなる。
それはきっと、偶然でも会ったからには一人には出来ない、ということではないだろうか。
言葉を失っているうちに家はもう目の前で、この時間が終わってしまうのが寂しい。
「...あ、家ここです...」
足を止めれば先輩も立ち止まって私の家を見上げた。先輩が私の部屋の窓を見ているだけでドキドキしてしまう。
『時間』
「え?」
私と目を合わせないまま先輩が言ったから、首を傾げて先の言葉を待った。
『いつも同じ?バイト終わるの』
「あ、はい...」
顔を上げて私に向けられた先輩の目が、覗き込むように私を見るからドキドキしてしまう。
『これからは、店の外で待っとくな?』
呆然としたまま頭の中で高鳴る鼓動と共に先輩の言葉がリフレインする。
おやすみ、と笑った先輩が私に小さく手を振って背を向けた。慌てて「...おやすみなさい!」と返せば、先輩は振り向くことなく後ろ手に手を振る。
甘い胸の痛みは興奮を煽って、見つめた後姿に好きが加速する。
End.
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