euphoria


急展開の昼下り


私の目は、ついさっきまで安田先輩が座っていた外のベンチに固定されたままでいた。今日の先輩達はチャイムが鳴る前に早々にベンチから引き上げてしまったから、何だか寂しくて溜息を零す。

『なぁ』

声と同時に私の前に急に現れた顔を見て、驚いて目を丸くした。

『なぁ、辞書貸してぇ』
「あ、先輩、...ちょ、ま、待ってください!」

へらりと笑う安田先輩は、しゃがんで私の机に顎を乗せている。...びっくりした。本当に不意打ち。
焦って机の中を漁る私を、笑みを浮かべたまま見ているから緊張してしまう。キラキラと光る金髪の隙間から覗くアーモンド型の目に見つめられると、いつもドキドキしてしまう。

『次自習なん?』

先輩の後ろ側の黒板に書かれた「5限自習」の文字に視線をちらりと向けてから先輩を見る。

「そうみたいです、横山先生が...」
『ふーん...』

先輩の目がちらりと時計に移ったから焦る。...早くしないと。貸すということは、返してもらう時にまた会えるのだから。『ないならいい』と言われる前に。

「...あ、ちょっと待ってくださいね、...多分、ロッカー...」
『やっぱ辞書いらーん』
「...え?」

立ち上がった先輩が私に背を向けて黒板の文字を眺め、振り返って私に笑顔を向けた。

『ごめんな』
「あ、...はい...」

...遅かったから、しょうがないか。
すると先輩の手が私の手を掴んで引いたから驚いた。座ったまま見上げると、先輩が急かすようにもう一度私の手を引っ張る。

「...え、!」
『サボることにした』
「............、」
『だから、連れてっちゃお♡』

悪戯っ子みたいな笑顔を浮かべた先輩に無理矢理引っ張られて立ち上がる。私を伺うように見て、抵抗しないとわかるとそのまま教室を飛び出した。
廊下に出てすぐに繋がれた手は離れたけれど、早くなった鼓動は治まらない。

『おやつあげるから、ついて来て』

覗き込むように私を見て笑った先輩に胸がきゅっと締め付けられる。
どうしようもなく胸が甘く苦しくなるふたりきりの時間は、どうしようもなく幸せでたまらなくて俯いて緩む口元を掌で覆った。


End.

- 3 -

*前次#


ページ: