靄の中の帰り道
昼休みの光景がフラッシュバックして胸が軋んだ。せっかく先輩の横を歩いているのに、いつものように単純に喜べない。
昼休みの中庭。私の同級生の女の子の向かいには安田先輩。緊張したように俯く女の子を、先輩は笑顔を浮かべて見つめていた。
...どう見ても告白だった。なんて返事したんだろう。あの子と一緒に帰らずに今こうして私と一緒に帰っているということは、断ったんだろうか。
ちらりと隣の安田先輩を見れば、私の視線に気付いた先輩が私に笑顔を向ける。
『なに』
「え、」
『なんか今日大人しいなぁ』
ドキリとした。
たまたま見たと言って聞いてみようか迷っていたけれど、こんな会話の後にそんなことを聞いたら、あからさま過ぎるだろうか。
「...そうですか...?」
『そんなことない?』
首を傾けた先輩が様子を伺うように私を見る。その優しい笑顔に胸が締め付けられる。
...やっぱり、聞いてみようかな。
このままずっとモヤモヤしているのもしんどい。...でも怖い。けど、ふたりの姿を見てショックを受けるよりも、先輩の口から聞いた方がいいのかもしれない。
『なんもないならええけど』
「...あの、」
『うん?』
「昼休み…」
言いかけたけれど先の言葉が続かずに詰まった。私を見て不思議そうな顔をしていた先輩が察したように、あ、という表情を浮かべて私から目を逸らし俯いた。
『...あー、見てたんや?』
俯いたまま笑う先輩にドクリと心臓が脈打つ。
「...たまたま...ですけど、」
『ん、せやろな』
私の方をちらりと見た先輩と目を合わせることは出来なかった。ドキドキして、怖くて、痛くて、胸が潰れてしまいそう。
二人の間に沈黙が流れて、喉まで出掛かった言葉をなかなか発することが出来ない。もう聞くタイミングは今しかないのに。
「...何て返事、したんですか...?」
やっとの想いで言い切って先輩の横顔を見ると、ポケットに手を入れて俯いていた先輩が顔をくるりとこちらに向けるから、覗き込まれているみたいで恥ずかしい。
『...“好きな子居るから”』
イエスでもノーでもないその言葉に心が揺さぶられる。断ったということにほっとしたのは一瞬で、“好きな子”に動揺してしまう。
言葉が出ないまま先輩から目を逸らし頷いて俯いた。
『...安心して。ちゃんと断ったし』
思わずすぐに先輩に目を向けた。目が合うと、笑みを浮かべた先輩は私からすぐに目を逸らして空を見上げる。
「...安心...?」
『...あは、何でもあれへんー』
顔がカッと熱くなった。思わせ振りな言葉を真に受けて傷付くのは自分だけれど、私から顔を背けた先輩の横顔を見ていたら、期待せずにはいられない。
もどかしい距離感を徐々に縮めるこの幸せな瞬間が、私の青春。
End.
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