憂鬱なひとり道
『章ちゃん?今日な、風邪で休んでんで』
昼休みに安田先輩のクラスをちらりと覗いたら、後ろから急に現れた丸ちゃん先輩に声を掛けられた。
熱あるけど辛くはないらしいで!なんて、なんのフォローにもならない丸ちゃん先輩の言葉を聞いてから、授業に集中出来ずにいた。集中していないのはいつものことだけれど、心配で、...ちょっとだけ残念で、頭の中は先輩のことばかり。
今日の全ての授業が終わってバッグに荷物を詰める。自宅にお見舞いなんて現実的ではない妄想をしながら教室を出ると、屋上へ上がる階段に座る見慣れ過ぎた金髪が目に入って目を丸くした。
足を止め立ち尽くした私に気付いた先輩が、黒いマスクを顎下まで下げにっこり笑いヒラヒラと手を振る。
「..先輩、大丈夫なんですか...?」
駆け寄って一番に聞けば、先輩が笑みを浮かべたままマスクを鼻まで戻して首を傾げる。
『何がぁ?』
「風邪で休むって...」
私から目を逸らして俯くと、先輩がマスク越しにふっと息を零して笑ったのがわかる。
『...丸に聞いたん?』
「...はい、」
頷きながら答えれば、私に戻って来た先輩の目が細められた。マスクをしていても優しい顔をしているのがわかるから、胸が締め付けられる。
『熱ないし大丈夫ー』
言いながら立ち上がって階段を降りようと、私に背を向けた先輩に言った。
「...でも、もう終わりだし、休めばよかったのに...」
丸ちゃん先輩には、熱があると聞いていた。それなのに、どうして嘘をついたんだろう。どうして学校に来たんだろう。つい2時間ほど前までは来ていなかったのに、わざわざ来た理由はなんだろう。
『だって約束してたやん』
振り返った先輩は私の顔に目を向けずに言った。どくりと一度大きく脈打った心臓が、次第に早く煩くなっていく。
「...え、?」
『一緒に帰る約束、してたから』
ちらりと私を見て先輩が笑った。その優しい表情とまさかの言葉に顔が熱くなるのを感じて俯くと、先輩の手がポンポンと私の頭を撫でた。
『ほら、帰ろ』
促すように私の腕を掴んで引いた先輩の手はいつものようにすぐに離れていった。けれど、私が先輩にとって少しだけ特別になった気がして自惚れてみる、幸せな帰り道。
End.
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