euphoria


夕焼けが滲む頬


『誰?』
『ヤスの彼女』
『へー、そうなんや』

たった今「さようなら」と言ったばかりの村上先輩を追い掛けて訂正しようか迷った。けれど、自分でもわかるくらい顔が真っ赤だから、俯いてその場に留まる。

...彼女って。恥ずかしい。全然そんなんじゃないのに。...嬉しいけど。

火が出そうなほど火照った顔を掌でパタパタと扇ぐ。早く熱が引いてくれないと、先輩が来たら変に思われちゃう。

外から昇降口を覗き込むと、先輩が向こうの階段を下りてくるのが見えて頬に手を当てた。思い出したらまた赤くなってしまいそうで、ヒタヒタと頬を軽く叩いてから深呼吸して空を見上げた。

『早いなぁ。お待たせ』
「あ、大丈夫です」

向けられた笑顔は今日も変わらず優しくて愛しい。本当に私のものになったらいいのに。
縮まりつつある距離を実感しながらも、そこから踏み込むのが怖い。近付きたいけれど、このままがいい。今も充分幸せ。...けどやっぱり、なれるならなりたい。...彼女。

顔を上げたら少し先に村上先輩の姿を見つけたから思わず「あ、」と声が漏れた。するとこちらを見た安田先輩が私の視線を追う。

『なん、どうしたん』
「...あ、村上先輩が、」
『信ちゃんがどうしたん?』

聞き返されて戸惑う。
あの事を話すのに躊躇いがあった。
私を彼女に間違われて、安田先輩は嫌な気持ちにならないだろうか。間違えられたことを訂正しなかった私を、図々しいと思わないだろうか。

『え、なに?なんなん?』

安田先輩が私と村上先輩に視線を往復させて首を傾げているから、なんでもない、とはもう言えない雰囲気。
覗き込むように顔を見られて思わず目を逸らした。

「...私の事を...“彼女”って...」

キョトンとした先輩の目が丸くなって私を見つめた。

『誰の?俺の?』
「...はい、」
『信ちゃんが言うてたん?』
「はい、お友達に…」
『あは、そうなんやぁ』

前の方を歩く村上先輩の背中を見て先輩が笑うから、少し安心した。
...嫌そうではないから、とりあえずよかった。

「...少し離れた後だったから、訂正出来なくて...」
『別にええんちゃう?』
「...そうですか...?」
『...俺が放置したし』

思わず先輩に目を向けて首を傾げると、先輩がちらりと私を見てから、ふっと息を吐き出して笑った。

「え?」
『この前な、“彼女そこ居ったで〜”言われて、そのまま、“うん”言うてもうたから』

どんどん顔が火照ってくる気がして恥ずかしい。俯いて笑う先輩は私を見てはいないけれど、今はこっちを見ないでと願った。

『信ちゃんやからええよな?嫌やったら言うとくけど』

先輩がそのまま前を向いたから、顔を上げずに言った。

「...嫌じゃないです」
『ほんなら、嬉しい?』

くるりと私の方を見た先輩に思わず目を向けてしまった。視線が絡むと覗き込むように優しい笑みを浮かべて私を見ていたから、更に顔に熱が集まる気がして顔を逸らした。

『...なーんて、冗談ー』

ふふ、と笑った先輩の顔はやっぱり見れないけれど、言ってしまえばよかったかもしれないと今更ながら思う。
「嬉しい」と言えていたらどうなったんだろう。やっぱり距離を縮めるのは怖い。けれどこの笑顔を独り占め出来たならどんなに幸せだろう。

赤く染まる頬は夕焼けが滲んだから。下手な言い訳で恋心は隠した。
もう少し、あと少しでいいから、勇気を蓄える時間を私にください。


End.

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