euphoria


暗闇を待つ太陽


『...章ちゃんにフラれた』

帰り際、階段の端に座るその目が私を見ると、力無く俯き、悲しげに自身の足元を見つめた。その姿を見て声を掛けたのは私の方だった。すると思いも寄らない返事が返ってきて、戸惑いながらただその様子を見つめた。

「...あの、丸ちゃん先輩」
『..............。』
「意味がわかりません」

私の言葉で顔を上げた丸ちゃん先輩が、私に恨めしげな目を向けるからますます意味が理解出来ず首を傾げた。

『...花火』

その言葉で、学校の掲示板に貼ってあった冬の花火大会のポスターが頭に浮かぶ。

『去年は一緒に行ったんやで?』
「...安田先輩と、ですか?」

そう聞き返せば、また恨めしげな目が私を見つめ、拗ねたように丸ちゃん先輩の唇が少し尖る。

『約束してるやろ?』

じとりと目を細めて私を見る丸ちゃん先輩を、ただ見つめたままでいた。

『約束してる。って断られた』

そう言った後、突然先輩が表情を崩してへらりと笑うと、立ち上がって私の頭にポンと手を置いた。
私を覗き込んで顔の前でまたヘラ、と笑顔を見せた丸ちゃん先輩は楽しそうに私の髪ををわしゃわしゃと掻き回して離れた。

『嘘♡怒っても拗ねてもないから、楽しんできてな♡』
「......先輩、」

私にヒラヒラと手を振った丸ちゃん先輩の腕を掴んで引き止める。

「...それ、いつの話ですか」
『...誘ったのは...一昨日、やけど...えっ』
「...花火って、...いつでしたっけ...」
『...待って、ごめん俺、...そうやと思って、』

口を噤んだ私に明らかに動揺した様子の丸ちゃん先輩に頭を下げ、さようなら、と言って背を向けた。背中に私を呼ぶ声が聞こえたけれど、先輩を困らせるつもりではないから振り向かなかった。

だって、誘われてない。
安田先輩が誰かと約束してるなんて。
...男友達、は考えにくい。男友達なら、丸ちゃん先輩を断る理由はないのだから。
...どうしよう、デート、とかだったら。

少し早くなった鼓動と共に痛む胸。靴を履き替えて外へ出ると、昼までの曇り空は晴れて、まるで空が花火を待ちわびているみたいで余計に胸が苦しくて俯いた。

すると視界に入った見覚えのあるハイカットのスニーカー。それが隣に並んでハッとした。顔を上げる前に私を下から覗き込んだ真ん丸の目。ドキリとして慌てて顔を上げると、安田先輩が首を傾けて私を見遣る。

『今日友達一緒ちゃうんや?』
「...彼氏と帰るって、」
『ほんなら一緒帰ろ』

頷くと先輩がふわりと笑ったから、思わず目を逸らして俯く。すると視界の端で先輩がキョロキョロと辺りを見回しているから横目で様子を伺う。

『今日みんな帰るん早ない?人少なー』
「...花火だから...ですかね」

自分もさっきまで忘れていたけれど。

『え、今日?』

あまりにも間の抜けた返事が帰ってきて先輩に目を向けると、キョトンとして私を見ていた。

「花火、行きます...?」
『行こかな思てるー』

その返事にまた胸がじわりと痛む。
でも、聞くのが怖い。

「...丸ちゃん先輩が寂しそうにしてました...先輩に断られたって」
『あは、寂しそう?』

嘘やろ、と笑う俯いた安田先輩の横顔は、やっぱり私を苦しくさせる。想えば想う程苦しいけれど、それでもその横顔を見つめるのをやめることは出来ない。

「誰かと約束してるんですね、」

出来るだけ明るいトーンで言葉にした。くるりと私を見た先輩と目が合うと、ふっと笑みを浮かべて言った。

『してへんよ』

予想外の返事に動揺して思わず俯いた。だって丸ちゃん先輩が...

『誘おう思てたから“行くけど丸とは一緒行かれへん”言うた』
「...そう、ですか、」

...誘うって誰を...?
聞きたいのに言葉に出来ない。ちらりと先輩に目を遣ると、空を見上げていた目がまたタイミング良く私に降りてきたからドキリとした。

『行くやろ?俺と』

時が止まったように先輩以外の何も目に映らなかった。

『...あ、もう誰かと約束してもうた?』

返事の無い私を覗き込むように見て先輩が首を傾げる。慌てて首を横に振ると、先輩が目を細めて微笑んだ。
...やっぱり胸が痛い。その笑顔が私の胸を甘く締め付ける。

『ん、ほんなら行こ』

先輩の笑顔に精一杯笑顔を返したけれど、上手く可愛く笑えている気はしない。それでも嬉しくて安堵して、俯いて口元を覆った私の耳に先輩がふっと息を漏らして笑う声が聞こえた。ちらりと目を遣れば、俯いた先輩がぼそりと言葉を零す。

『...よかったぁ、』

追い打ちを掛けるような呟きが微かに届いて、ますます胸が熱くなった。


End.

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