03
01以前のお話
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ソワソワする気持ちを抑えて保健室の扉をノックした。中から間延びした返事が聞こえてゴクリと唾を飲む。心なしか顔が火照っているから、一度大きく息を吐き出して扉を開けた。
覗き込むようにドアの方を見ていた安田先生が、私を見て柔らかく微笑むから胸がきゅっと締め付けられる。
『どうしたん?』
「遊びに来た」
『あは、またぁ?』
笑いながらすぐに私から逸れた視線は、先生の机の上の書類へと向けられて少し寂しい。ドアの僅かな隙間から入る冷たい風に身震いして、急かされるように保健室の中央のストーブへ向かった。
先生の背中の後ろの位置にあるパイプ椅子は私の定位置。一見養護教諭には見えないジャージ姿の先生の背中を盗み見ながら、話をするのが好き。
けれど今は、書類に記入しているみたいだから大人しくストーブに手を翳した。オレンジ色の火を見つめていたら揺れる陽炎に眩暈のような感覚を覚え目を閉じる。
すると椅子が軋む音がしてはっとして目を開けた。安田先生がストーブに向かって私から少しだけ離れた位置に座る。マグカップのコーヒーを啜る先生が私をちらりと見るから、ドキリとして目を逸らし自分の爪を弄る。いざこうして構ってくれると、ドキドキして上手く話せない。
「...今日、寒いね」
それに返事がないから伺うように目を向ければ、先生が横目で私を見遣り口の端を持ち上げる。
「...何、」
先生の視線が私の顔から下に落とされ、また私へと戻ってから先生が指差す。
『マニキュア』
「...取るの忘れたの」
絶対嘘だと思ってる。頷きながらコーヒーを啜る先生はやっぱり大人だ。私の嘘なんかすぐにバレちゃう。
休みの夜に塗ったマニキュアが思いの外綺麗に塗れたから、先生に見せたかったと言ったら、きっと先生は笑う。私の気持ちにきっと気付いていながら、『上手に塗れたな』って、きっと頭を撫でるんだ。
『爪は健康のバロメータやから、学校ではあかんよ』
「............、」
でもやっぱり私にそんな勇気はないから、ただ先生の言葉に小さく頷く。
好きなのに。好きだけど怖い。
進める勇気があったら。だけど可能性は、きっと途轍もなく低いから。
ちらりと先生を見てから俯いた。
目を逸らす前に見た先生は首を傾けて私を見ていたから少し緊張してしまう。想いを全て見透かされてしまいそうで膝の上で手を握り締めた。
『...なぁ、メイクしてる?』
「...ちょっとだけ、」
...やっぱり、大人の真似事は先生には通用しない。
すると椅子から立ち上がった先生が机にマグカップを置いて私の前にしゃがみ込んだからドキリとした。下から見上げるように私を覗き込み、笑みのない真っ直ぐな瞳が私を映す。
『メイクのせいちゃうな。顔色悪い。熱、測って』
呆然と先生を見ていたら立ち上がった先生の手がポンポンと頭を撫でた。
『...やっぱありそやな。熱いもん』
早い鼓動は熱のせいなのだろうか。体温計を差し出す先生をぼんやり見上げれば、優しく笑みを浮かべて腕を掴み引き上げられた。引かれるままにベッドに向かうけれど、掴まれた腕から早い脈が伝わってしまいそうで唇を噛み締める。
でも、熱に浮かされた今なら、言えるかもしれない。
“ そばにいて、先生 ”
先生はきっと笑って私に言う。
“ ここに居るからな ”
想像の中でさえ躱されてしまうから、もう少し、私に勇気を蓄える時間をください。
End.
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