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両手に花。正しくそれ。
章ちゃんの左右に座る女の子達はそこそこ可愛くて人気があって、準ミスとかなんとか賞とかをとったような子で。二人共完全に章ちゃんに体を向けて逃がすまいと囲んでいる。時折肩や腕に触れながら。
人気があるのなんて前から知っていた。人当たり(外面)がいいから納得だし、自分もその1人だったんだから。
同じ酒の席に居るなんて久し振りだ。
...というのは、一緒になるのを避けていた、というのもあるんだけれど。
女の子からの電話にモヤモヤすることはあっても、こうしてあからさまに見せつけられることはここ最近なかったのに。
帰りにはきっと言うはず。
『あの女、ベタベタするから嫌い』
私への一種の気遣いなのか素で思っているのか、それはわからないけれどいつもこんなことを言っている。
気分?いいわけないじゃない。私が彼女だと知りながら目の前でそうしてるんでしょ?
でも顔に出したらダメなの。本妻の余裕。心が広い女だと思われたいわけではない。ただ、嫉妬心剥き出しの自分なんて誰にも見せたくない。小さなプライド。
『次行く?』
『...えー、もう眠たい』
『何それー、やすくん可愛いー』
『行こうよー、ちょっとでいいから』
その会話を聞いて視線を逸らした。きっと私の言葉を待っているであろう章ちゃんは、私に視線を送ってくるはずだから。
「まるちゃん」
『何ー?どうしたん?』
「何頼む?私もないから一緒に」
逃げるように隣のまるちゃんに声を掛けた。さすが気ぃ効くなぁ、なんて言いながらメニューを私に差し出し、一緒に覗き込んできたまるちゃんがへらりと笑う。だいぶ酔っているのか距離が近いけれど、まるちゃんだから嫌な気はしない。
『これにしよかなぁ』
「それ、強いからもう少し弱いのにしたら?帰れなくなるよ?」
『えぇ?そう?んじゃこっちにするー』
「これ?」
『他に#name1#ちゃんのおすすめあるんやったらそっちにしちゃおっかなぁー』
付き合いたてのカップルみたいなノリのまるちゃんに思わず笑うと、釣られてケタケタと笑うまるちゃん。するとまるちゃんの手が私の頭に乗ったからドキリとした。そのまま私の髪を撫でたまるちゃんの手が首の後ろで止まって、顔を近付けて『むふふ』と含み笑いする。
『章ちゃんはええなぁー。#name1#ちゃんが居んのにあんなに女の子に囲まれてさぁ、狡いやんなぁ?どっちかくれへんかなぁ』
至って普通のトーンでそう言ってのけたまるちゃんが、私から視線を動かしてまたへらっと笑いながら一瞬だけ章ちゃんの方に視線を向けた。すぐに戻って来た目が細められて、今度は耳元に唇が寄せられた。
『ま、こんくらいしたって罰当たらんよ。たまには章ちゃんに仕返しせなな。こっち取られたら困るやろし?』
笑いながら離れたまるちゃんがぽんぽんと私の頭を撫でてから大きな声で店員を呼ぶ。
章ちゃんの顔は見られなかった。どんな顔をしているのか見たい気もするけれど、視線を向けられなかった。ちょっとだけ、まるちゃんにドキドキしてしまったからかもしれない。
章ちゃんが今のを見ていたかどうかわからない。そもそも、気付いていないってことだってある。
でもちょっとだけ気付いてしまった。
私が今、まるちゃんに少しだけドキっとしてしまったように、章ちゃんも女の子に触れられて、そういう気持ちになっているんだとしたら。
『はい、#name1#ちゃんの』
まるちゃんに声を掛けられてはっとして視線を上げた。ニッコリと微笑んだまるちゃんが私の手を掴んで導き、グラスを握らせてからそっと離れる。
...まるちゃんって、本当、...あざとい。
前に向き直りグラスに口を付けたところで、足に痛みが走った。視線を上げれば章ちゃんが私を見ているからドキリとした。テーブルの下で蹴られた足の痛みに顔を歪めて訴えるけれど、章ちゃんの表情は至って普通で変わらない。
『次行く?帰る?』
両隣の女の視線が私に突き刺さる。だから章ちゃんだけを見て言った。
「どっちでも。私は帰るけど」
頬杖をついた章ちゃんがじっと私を見るから視線を逸らしてグラスの中のアルコールを口に含んだ。視線が痛いから携帯を取り出して意味もなく弄る。
『あー!何してるん?退屈させてもうたな、ごめんなぁ?』
大袈裟に声を上げたまるちゃんにやんわりと携帯を取り上げられてバッグへしまわれる。完全に私の方に体を向けて座り直すと、私の椅子の背もたれに肘を付いてまるちゃんが話し出した。
何かの作戦なのかそうじゃないのか。相談した覚えはないしよくわからないけれど、さっきの言葉からすると恋愛の意味ではない方で私を気にかけてくれているらしいという結論に達した。
けれどやっぱり酔っ払い。距離が近いから手である程度の距離を保ちながら話していると、向かいの席から章ちゃんの呟きが聞こえた。
『やっぱ行こかなぁ。1時くらいまで』
その言葉にぴくりと反応してしまった私を見逃さなかったらしいまるちゃんが、耳元に唇を寄せる。
『大丈夫。俺が送ったるよ』
まるちゃんに目を向ければ、また頭を撫でてにっこりと笑う。
ごめんね、と返せば、少し驚いた顔をした後またふにゃりと笑った。
『あれでも章ちゃん、だらしないことはせぇへんから。な?』
その言葉に少し安堵したのは事実だ。他の人が言うのだからそうなんだろう。わかってる。愛されていることくらいわかってるんだけど。...だったら、もう少しだけ私の気持ちもわかって欲しいと思うのは我儘なんだろうか。
『よし、帰ろか!』
「まるちゃん、次行かなくていいの...?」
『ええのええの!さ、帰ろ』
辺りを見回して章ちゃんの姿を探した。するとさっきの子達に加え、男の子を含む数人が章ちゃんを取り囲んでいたから、諦めて背を向けた。
『あ、ごめん、ちょっと挨拶してくるな!』
先輩のところへ走ったまるちゃんを見送って、俯いてガードレールに腰掛けた。
やっぱり章ちゃんと一緒の飲み会なんて来るもんじゃない。私が居たって居なくたって、きっと章ちゃんは変わらないのだから。
『行かへんの?』
顔を上げると章ちゃんが私を見下ろしていた。
「うん、さっき言ったでしょ」
『少ししたら帰るけど、行かへん?』
「ううん、いい」
『一人になるやん』
「大丈夫」
『何がやねん』
「...送ってくれるから。まるちゃんが」
黙って私を見据えた章ちゃんから目を逸らした。俯いた私の視界に入った章ちゃんのスニーカーを暫く見つめていると、それがくるりと方向を変えて私から遠ざかって行った。
少しだけ顔を上げてちらりと章ちゃんを見れば、さっきの輪の中に入って行って女の子の肩に手を置きニコニコと話をしているから視線を逸らした。
...何も言わないところを見ると、怒ったのかもしれない。自分はしょっちゅう女の子といるくせに、私が送ってもらうくらいでそんな態度は酷い。
...逆に『そうなんや』って感じ?『送ってもらえるなら俺はまだ楽しめる』って?
...章ちゃんって、本当にわからない。
近付いて来る足が視界に入って顔を上げれば、急に手を握られ引き上げられる。
『帰ろ』
すぐに指を絡めて引かれたから慌てて後ろを振り返った。私達を見ていたまるちゃんは、ふにゃりと笑いながら手を振っている。
『#name1#ん家でええよな』
章ちゃんが振り返って言った。驚いて応えることも出来ずにいると、タクシーを止めた章ちゃんが手を引いたままタクシーへ乗り込んだ。
私の家の場所を章ちゃんが告げると手が離れて私を見つめる。自分がどんな顔をしていたのかわからないけれど、章ちゃんがふっと笑って2人の間に手を付き、唇が触れた。突然のことにドキリとして、前に向き直った章ちゃんにちら、と目を向けるけれど何でもない顔をして窓の外を見ていた。
5分程のその空間。一言も交わさないままタクシーを降りた。アパートの鍵を出しながら階段を上ってすぐにドアを開ければ、章ちゃんが先に部屋に入って行った。
...怒ってる...?わからない。いつも通りにも見えるし、違うと言えば違う気もする。
ソファーの横にバッグを置きながらソファーに寝転がる章ちゃんの様子を伺えば、手を掴まれて甘えるように引かれる。
『こっち来て』
手を引きながら起き上がると、ソファーに座った私の肩に、後ろから顎を乗せてお腹の前に腕を回した。
...いつも通り、と言えばいつも通り...?
『...眠たい、』
「...じゃあベッド」
言いかけたところで、私の腰あたりで章ちゃんの携帯のバイブが響く。こんな時間に掛けてくるのだから、きっとさっきまで一緒にいた誰かだろうと予想した。
暫く動かなかった章ちゃんがもぞもぞと携帯を取り出して耳に当てた。
『誰や、こんな時間にぃー』
“やすくん?行くって言ってたのにいないからー”
『やっぱり帰る言うたんやけどぉー』
クスクスと笑いながらお腹にあった章ちゃんの手が胸へと滑り、相槌を打ちながら私の首筋へと顔が埋まった。けれど、近付いたことでより近くに聞こえる電話から漏れる声。イライラして少し身を捩れば、章ちゃんが腕を緩めて私を覗き込む。
『どうかなぁ、わかれへん』
“それじゃあ困るよー、来て欲しいのに”
片手で頭を引き寄せられてキスをすると、章ちゃんが口の端を釣り上げて笑うから思わず章ちゃんの体を手で押した。
『ちょっとさぁ、邪魔せんといてよぉ。今彼女と居んねんから』
電話の向こうの女の子が黙った。章ちゃんが笑って『ばいばーい』と甘ったるい声で電話を切り、肩を掴んだ手に引き寄せられて唇がぶつかる。ソファーの端に投げた章ちゃんの携帯がソファーから滑り落ちて床に転がる音がした。
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