裏ジップアップ!!
『章ちゃん、あの子、知ってる?』
『どれ?あー、ダンボール持ってる?』
『そう』
『何回か話したことあんねんけどなぁ、』
『...あー...、別にええねん』
『...そう?わかったら教えるな?』
ニッコリ笑った章ちゃんが言った。多分もう気付いたんだろう。深入りはしないと思うけれど、章ちゃんのことだから、多分あの子の名前を誰かしらに聞いてきてくれるはずだ。
半年程前から、気になっていた。
彼女はスタイリストさんの下に付いている、所謂雑用だ。俺らと直接関わることなんて殆どない。荷物を運んで開封したり、片付けてまた運んだり、せいぜいそんなところだ。
ある日廊下の端で、怒っている、と言うよりは酷く罵倒しているような声が聞こえた。
激しく罵声を浴びせるスタイリストの男性の奥に、一人の女の子が俯いて泣きながら立っていた。ミスをして怒られ、嫌味を言われていると言った感じだろうか。そこまで言わなくても、と思ったけれど、俺は気まずさに耐えかねてその場を後にした。
フィッティングルームで衣装合わせをしていると、章ちゃんが一人の女の子に話し掛けていた。
『すんません、これ、付けたまんまやったんすけど、今返して大丈夫ですか?』
『...あ、大丈夫です!わざわざすみません!』
『お願いしまーす』
『はい!』
あ、さっきの子や。
つい5分前まであんなに怒られて泣いていたのに、章ちゃんや他のスタッフさんに向ける笑顔はすごく明るくて驚いた。
あまりにもじっと見ていたら、目が合ってしまった。はっとして目を逸らす前に、彼女の方が目を逸らして俯いた。さっきの笑顔はもうない。
その日だけじゃなかった。
視線を感じる。そっちを見れば彼女がいる。でも直ぐに逸らされる。何度も同じことが起こる。妙に目が合う。
重い荷物の入ったダンボールを運んでいる彼女を盗み見ていると、突然彼女が笑顔を見せた。
『大丈夫?めっちゃフラフラやん!』
『大丈夫です!力だけはあるので!』
フラフラ歩く彼女にぶつかりそうになった大倉が見兼ねて笑いながら声を掛けた。彼女の笑顔は大倉に向けられていた。
...なんで?なんで俺にはあの顔、見せへんのやろ。何回も目ぇ、合ってるよなぁ?章ちゃんにも大倉にも笑うのに、俺にはなんで...。
気付けば気になっていた。
彼女を見つけると、目で追っていた。目が合うのは、俺が彼女を見ているからなんじゃないかとすら思い始めた。
こんなの、もう恋みたいじゃないか。
メンバーとスタッフさん達を飲みに誘った。とりあえず、みんなに伝えて下さいと頼んだ。あの子の耳にも入ればいい。あの子も、来ればいいのに。
集まったスタッフは予想以上に大人数で、その中に彼女の姿を見つけることは出来なかった。
店に着いてスタッフさん達がある程度座ったところを、ぐるっと見回した。薄暗い店内で定員以上の人数が居れば、見つけられないのは当たり前だ。そもそも、来ているかどうかもわからないのだし。
信ちゃんの声で乾杯してすぐに、瓶ビールを持って動き回る。お酌しながら、常に目は動いている。少し話して移動して、を繰り返していると、肩を叩かれ振り返った。
章ちゃんが手招きしていたから近付くと、俺の耳元に唇を寄せた。
『昼間言ってたあの子な、#name2#さん、言うねんて』
章ちゃんの指が差した先には、あの子がいた。章ちゃんを見れば、笑って肘で背中を押された。行ってくれば?と言っているみたいだ。
章ちゃんに笑顔を向けると
『マル、めっちゃ可愛いなぁー』
と笑いながら俺に背を向けた。
緊張というよりは期待という言葉の方が合っているかもしれない。
丁度彼女の隣にいた付き合いの長いスタッフさんに声を掛けた。
『お疲れ様でーす!ありがとうございましたー!......あ、すんませんね。ちょっと入りまーす』
反対側に座るスペースはあったけれど、わざと声を掛けて隣に座った。
一瞬目が合って#name2#さんがただ一言、はい、と言った。
肩が触れる。寧ろ、わざと動いて当てている。
『...あ、ごめんなさい!』
驚いた。これはわざとではなかったけれど、座り直すために付いた手が、#name2#さんの手に触れてしまった。けれど、驚いたのは手の冷たさ。彼女の手は氷のように冷たかった。
話しながら#name2#さんをチラリと見ると目が合った。...顔色が悪い。もしかして、体調が悪いのかもしれない。スタッフさんの話に相槌を打ちながらも、相変わらず触れている肩に意識が集中した。
震えてるみたいだ。...そうか寒いのか。
キリのいいところで挨拶をして席を立った。そしてまっすぐ自分の荷物が置いてある席へと向かう。
バッグを漁って、レッスンの時のために持ってきたジップアップパーカーを手に取り、再びさっきの場所へ戻った。
今度は少し緊張している。
どんな反応をされるだろうか。
後ろから#name2#さんの肩にパーカーを掛けると、振り返って俺を見た彼女は、酷く驚いた顔をしていた。
『寒いんやないすか?さっき震えてはる気がしたんで。...手もめっちゃ冷たかったし、』
「...あ、...あの、」
『もしかして、ハズレやった、?』
「...いえ、あ、ありがとうございます!」
笑顔を向けるも、彼女は未だ目を丸くしたままだ。笑顔を見ることは出来なかった。冷やかしの声が聞こえたけれど、何でもないフリをして席を移動した。
飲み会が終わって外に出ると、彼女を探した。けれど、みんなが話し掛けてくれるから対応に追われる。
暫くして振り返ると、俺の後ろに#name2#さんが立っていた。
『おー、大丈夫ですか?』
「これ、ありがとうございました!」
『あ、温まったみたいやね。よかった!』
さっきより顔色が良くなって頬をピンク色に染めている彼女から、パーカーを受け取ると、笑顔で俺を見た。
...そう、ずっとこの顔が見たかったんだ。
一瞬の内に頭をフル回転させ、パーカーを広げて彼女の肩に掛けた。これで、もう一度話す機会も出来るはず。
『着て帰ってええよ。帰り、寒いやろ?』
「...あ、でも、丸山さん、」
『大丈夫。俺コートも持ってるし。明日返してくれればええから』
「...ありがとうございます、」
『いいすよ!また明日!』
「はい!お疲れ様でした!」
『明日もお願いしまーす!』
さっき血色が良くなったと思っていたけれど、それより幾分か顔が赤くなっている彼女が可愛くて、思わず笑った。
背を向けて、俺に深々と頭を下げた彼女を振り返って見ると、顔を上げないうちに前を向いて、抑えられない笑みを隠すために口元を手で覆った。
『デレデレすなよー!』
突然、ニヤリとした章ちゃんに声を掛けられ慌てる。
『してへんよ、』
『めっちゃ口元緩んでるやん!』
『...可愛かった...』
『ふふっ、よかったやんか』
『章ちゃん、...好きやわ、俺』
『え、...ありがとぉ』
『お前ちゃうわ!』
ふざけていて、ふと振り返ったら#name2#さんの姿が見えた。
多分、こっちを見ている気がする。だから、思い切って手を振った。
あれ?自分だと思ってないっぽい。
『#name2#さーん!バイバーイ!』
俺が出した大声に周りの人達が振り返る。そんな周りを見て慌てたように章ちゃんが一緒に手を振ってくれた。
『...もー...怪しまれるやんか、』
『...ごめん、つい、』
章ちゃんに説教されても、心は弾んでいた。明日が楽しみだ。...違う。明日からずっと、彼女に会うのが楽しみだ。
End.
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