小悪魔な天使
くそぅ、何なの。
ニコニコしちゃってさ。
そんな天使みたいな顔、最近私にはほとんど見せないくせに。
廊下の壁に凭れて、後輩の女の子に囲まれている茶髪を拗ねたように睨んだ。女の子の隙間から顔が見え、私にチラリと視線をよこした章大が俯いて笑った。
...あんなのはいつものこと。私が妬いてるのを見て楽しんでいるんだと思う。だからいちいち腹を立てるのはやめた。
...うん、やめた。...多分。
章大は、好きな子をいじめるタイプなんだそうだ。前も色々あったけれど、普段冷たい分優しくされるとすぐに許してしまう私にも原因はあると思う。...だって嬉しいんだもん。
最近はもう毎日。体育祭以来、章大の人気は急上昇。その前から同学年にファンは多かったけれど、今回の活躍でその人気は全校にまで広がった。
『先輩彼女いるんですかー?』
『居ったらどうなん?』
『えー、寂しいー』
『本当に居るんですか?』
『...どうやろなー』
おいおい、そこは居るって言えよ。
けど悔しいからもう視線は向けない。章大のバカアホ!もう私だって浮気してやる!..なんて本人には言わない。怖いから。
本格的にイライラする前に逃げる。まだイラっ、くらいだから今のうちに。
どこに行こうかなぁ。天気がいいから屋上。でもやっぱり中庭?どこがいいかな。
サボったりしたら、...探しに来てくれるかな。
5限の授業をサボった。章大は隣だし、嫌でも気付く。だからわかりやすく屋上に居たりする。けどやっぱり章大は来ない。
屋上の扉が開いた音がして、まさか!と期待する。目を向けると、去年同じクラスだった大倉くんだ。
『サボり?』
「うん。初めての単独サボり!」
『んは、俺来たからもう一人じゃなくなってもうたやん』
「いいよー。一人になりたかったわけじゃないし」
私の隣に腰を下ろした大倉くんが、にこやかに私を見た。
『なんや変わったなぁ、#name1#ちゃん』
「そう?」
『可愛くなった』
「えー、またまたぁ。そんなこと言っても何にもあげないよ!」
『あはは、貰えへんのかぁー』
久し振りに大倉くんと話した。一時間みっちり話したら、ちょっとだけイライラ解消した気がする。
隣のクラスだから一緒に戻って教室に入った。
心配する様子もなく、机に伏せて寝ている章大の背中を見て小さい声で、バカ、と言ってみる。
自分の席に座って章大を見れば、目が開いていてドキッとした。
『どこ行ってたん』
「...屋上」
『サボるとか珍しいやん』
「...うん」
『拗ねたんや?』
「...はあ?」
『俺のこと大好きやもんな』
自信満々に笑う章大は、本当に意地悪だ。そんな章大に対して、私は俯く。
「...バカ、」
もっとなんか言ってやりたいと思うのに、いつもこんな事しか言えない。
あーもう。人の気も知らないで。
『帰るで』
「うん」
家が近所だから、ほぼ毎日一緒に帰る。付き合う前からずっとそう。
帰り道、前を歩く章大が前を見たまま手を後ろに差し出した。拗ねながらもその手を握った。すると、手を強く引かれて章大の隣に並ばされる。
章大は私を見て呆れたように溜息をついた。いつまで拗ねてんねん、とか思ってるはず。
でも、二人になるといつも、ちょっとだけ優しい。...気がする。
付き合い始めてから、ほんのちょっぴり優しくなった。...気がする。あくまでも気がするだけなんですけどね。
『どっか寄る?』
「...どっちでも」
『ほんなら帰る』
「.........、」
もう...私って本当に素直じゃない。まだ一緒に居たい、とか、どうして言えないんだろ。
『...俺ん家、帰ろ』
好き。こういうところが好きなの。
私の気持ちを理解してか、章大が一緒に居たいと思ってくれたのかわからないけど、どっちだって嬉しいに決まってる。
...だから何しても許しちゃうの。
家に入って、着替えている途中、パンイチの章大が突然言った。
『今日、大倉と居ったんや?』
「...あー、うん、」
『...ふーん』
「...ヤキモチ?」
『...あ?』
「なわけないっすね...」
ちょっとくらい妬いてくれてもいいじゃん。私なんて毎日なんだから!でも全く妬かせられる気がしない。
ロンTを着ようとしていた章大が、袖だけ通した状態で私の方に来た。
な、何!早く下履いてよ!...あ、ヘソピ変えたんだね。え!何!
着かけた服を脱ぎ捨て、ラグが引かれた床に押し倒された。黙って私を見つめてからいきなりキスをして、唇を割って入って舌が絡んだ。
スカートの中へ入ってきた手に撫で回されて、今日の出来事もまたチャラにしてしまう。
そして翌日にはまた同じ光景。
なんだこれ!本当に私って、都合のいい女なのかとか思うよね。
くっそー!あの子可愛いな...。
『先輩の彼女とか、いいなぁー』
『俺優しくないで』
『えー、先輩は優しいですよー!』
『彼女になりたーい!』
『あは、あたしもー!』
『けど俺、』
突然目の前に人が立ったから、反射的にその人を見上げた。
「大倉くん」
『ちょっといい?』
「うん、何?」
『ここだとアレやから』
「ん?」
大倉くんに手を握られた。驚いているとそのまま手を引かれて立たされ、大倉くんが歩き出した。
何これ。どこ行くんだろう。
あ、待って。そっちは章大がいるのに。
悪いことをしているわけでないけど、章大の方を見ることは出来なかった。なんとなく、見られたくない。
この手をどうやって離そうかと、繋がれた手を見ていた。
廊下に出ると、私の視界に入ってきた一本の手。その手が、私の手を握る大倉くんの手首を掴んだから顔を上げた。
『大倉』
『あ、ヤス。どうしたん?』
『どこ行くん?』
『え、なんで?』
『俺の彼女、どこ連れてくん?』
大倉くんも、章大を囲んでいた後輩の女子達も、驚いた顔で私達を見ていた。
『...彼女?』
『そ。』
『え、そうなん?』
『そうやで』
『...ほんまに好きなん?』
ちょっと大倉くん、余計なこと聞かないでよ。私から聞くならまだしも。別に、とか言われたらどうすんのよ。
大倉くんを見上げていた章大が、一瞬睨むように私を見てまた大倉くんに視線を戻した。
『好きやから付き合うてんねん。当たり前やんけ』
今度はパチパチと瞬きをした大倉くんが私を見た。
『絶対嘘や』
『は?』
『全然そんなとこ見たことないで』
『そんなとこって?』
『ラブラブなとこ』
『当たり前やん。してへんもん。お前に関係ないわ』
『あるわ』
『#name1#のこと、狙っとったもんな』
『ヤスが大事にせえへんなら、』
『やらへんわ』
大倉くんの手を離した章大が、大倉くんに握られていた私の手を無理矢理引き離して、私の手を掴み歩き出した。
章大の普段と違う迫力に圧倒されている女子達と、眉間に皺を寄せた大倉くんを横目に、引き摺られるように歩いた。
ちょっと嬉しかった。
彼女だと、はっきり言ってくれたのが。
校舎の端の使われていない教室の前で周りを見回した章大が、私を教室へ押し込んだ。
そして突然言い放った。
『お前のバカって、好きって意味やろ』
...何それ。意味、わかんないよ。
『妬いたりすると、バカって言うやんか、#name1#。せやから、#name1#のバカは、好きに聞こえんねん』
...うん、多分言った。バカって。
そうだね。好きだから、妬いちゃうんだもんね。
『...だから、言わせたくて』
「...毎日、話してたの、?」
『...お前こそ何大倉と手繋いどんねん』
いきなりいつもより鋭くなった目に見つめられて、本気でドキッとした。怒ってる、とかじゃなくて、嫉妬の目。こんな顔する章大は初めて見た。
「...繋いだわけじゃないもん、」
首と腰に腕が回され、一瞬の内に引き寄せられて唇がくっついた。
さっきまでは気付かなかったけれど、余裕が無いみたいな章大の少し震える腕が、たまらなく嬉しかった。
『......好きや、』
「......私だって、好き、」
『...当たり前や。俺以外、誰んとこにも行かせへんし』
不覚にも、ちょっと泣きそうになってしまった。章大の腕の中で、涙を隠すようにきつく目を閉じた。
End.
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