誘惑常習犯
昨日、章大の部屋でDVDを見ていたら、視線を感じたから章大に目を向けた。テレビじゃなくて私を見てたからちょっとドキッとする。私の近くに手を付いて距離を詰めて、唇が触れたと思ったらそのまま体重を掛けて押し倒された。
あ、私...
「...ちょ、章大、...生理、」
『知ってる』
再び唇をくっつけて舌を絡め、吸い上げて解放された。いつもなら生理だと言うと舌打ちとかされちゃう感じだったのに、珍しい。
『終わったら教えて』
耳元で吐息混じりに囁いた章大が、妙に色気を放っていてびっくりした。
すぐに離れて、至って普通にテレビに向かったから、なんだったんだ...と動揺が残る。
最近、章大がおかしい。
大倉くんのことがあってから、...かどうかは定かではないけれど、なんか変わった。
ちょっと優しくなったし、大人になった感じだし、...なんていうか、...色気を出してくる。勿論嬉しい。そりゃもうかっこいいし、今までより優しいんだから。でもこっちはその色気に動揺しまくりで、いつもドキドキしてしまう。
数日前、ドキドキしながら聞いた。
「優しくなったってことは、もしかして好きじゃなくなったってこと!?」
そしたら、無言無表情で殴られたから「あ、大丈夫だった、」と理解した。
...けど。
またあの子と居る。隣の隣のクラスのゆかりちゃん。二人で隠れて(るわけじゃないかもしれないけど)、何してるんだろう。
でも私に優しいし、大丈夫。多分、大丈夫...。
『...お前どんだけぼーっとすんねん』
机に座って俯いていたら、いつの間にか目の前に章大が立っていた。
「...あ!ご、ごめん!」
『何考えてたらそんなんなるん?』
「...えー、と、」
『...エロいこと?』
「ち!違う!」
私の慌てっぷりを見て笑った章大が、しゃがみこんで机に顔を乗せ、小さな声で言った。
『...俺はええねんで。...生理、終わってなくても』
その囁きに顔が熱くなるのを感じたけれど、横目で章大を睨んだ。けれど章大は動じる様子もなく、私を見て天使のように笑っていた。
すると、章大の目が一瞬廊下に向いた。本当に一瞬。
『ちょっとトイレー』
「...ん、」
...本当にトイレ?さっき廊下に見えたのは、ゆかりちゃんだと思う。
この前散々ヤキモチ妬かされて、仲直りしたばっかりだっていうのに、すぐに不安になるのは自分に自信がないからだ。
授業開始のチャイムが鳴ったから、そわそわしながら教室のドアを見ていた。...戻って来なかったら、どうしよう...。
少し遅れて章大が教室に入って来た。思わず安堵の溜息をついて章大を見た。
目が合うと、何故か目を丸くして私を見ていた。
すぐに先生が来て授業が始まると、章大が机をくっつけた。教科書ならさっき持っていたはず。でも今机にないってことは、忘れた事にするってことかな。
それに気付いたら、ちょっと照れ臭くて恥ずかしくなった。そんな私を見て章大がちょっとだけ笑った。
突然、机の上にあった手を握られ驚いた。指が絡められたその手は、そのまま机の下に降ろされて章大がちらりと私を見る。
「...どしたの、急に、」
『別に』
そう言われると何も言えない。
ノートを取るはずの右手は章大に捕まったから、ただそのまま時間を過ごした。
たまに、こっちも見ずに指を弄ばれて、それだけでドキドキしてしまう。
授業があと5分で終わるという時に、章大が私の耳に唇を寄せた。
『...今日な、一緒に帰られへんねん。...だから明日、帰りどっか行こ』
もう唇が耳に触れているからソワソワして何度も頷くと章大が離れた。
完全に誘惑されてる!遊ばれてんのかなぁ、私。もうホントにドキドキする。
...でも、ほとんど毎日一緒に帰っているから、少し心配。
信じないといけないのに。
帰りに、廊下にゆかりちゃんの姿が見えた。章大を呼ぶのかと思うと怖くて「ばいばい」と言って、章大が返事をする間なく、背を向けて教室を飛び出した。
どうしよう。嫌だ。怖い。
章大はそんなことをする人じゃないとわかっているけど、でも、私の気持ちが駄目だ。
外に出たら、着信があった。ディスプレイを見たら章大で、恐る恐る電話に出た。
『どんだけ急いで帰んねん』
「...ちょっと、見たいドラマがあって、」
『......ふーん。...明日、どこ行きたいか考えとけよ』
「...うん、」
『......気をつけてな』
すぐに通話が途切れた。最後の言葉、ちょっと嬉しかった。
でも、...なんだドラマって。そんなバレバレな嘘ついてどうすんの。...絶対怪しんでた。
大丈夫。心配して電話してくれたんだとわかって、ほんの少しだけ、安心した。明日、ちゃんと聞いてみよう。
『#name1#ちゃんおはよー』
「...あ、...おは、おはよ、...」
『今日も可愛いなぁ』
「......あ、そ、そう...かな、」
『ヤスに飽きたらいつでも俺んとこおいで♡』
『おはよう、大倉』
『あ、居ったんや。小さくて見えへんかったー』
『...ちっ』
「...おはよ」
『おはよ』
『じゃあねー#name1#ちゃん』
朝からなんて気まずい思いをさせるの、大倉くん。あれからというもの、随分オープンに絡んで来るようになった。そして章大への風当たりは強い。
教室に入って隣同士の席まで来ると、章大が私を見ていた。
え、何?なんかしちゃった、?...昨日のことかな。
暫く目が合ったままだったから色んな意味でドキドキしちゃったけど、何も言われず目が逸らされた。
授業中ずっと机に伏せていた章大が、授業が終わるとガバッと起き上がって、私を見て顎でしゃくった。
教室を出て廊下を歩いていると、
『あー安田くんだー!』
と、私が一緒に居るのもお構いなしに、甘ったるい声で話し掛けた先輩。その声に章大が笑顔を向けた。
基本人当たりは良いから、気にしているとキリがない。だから、見て見ぬふり。...ちょっと嫌だけど。
章大が急に振り返ったからドキッとした。けれど私を見て、すぐに前を向いた。すると、章大の手が後ろに伸ばされたまま止まる。学校で手を繋ぐなんて珍しい。その手を握って、ホントにツンデレなんだから...、と思ってみても、やっぱり嬉しい。
屋上に行くのかと思ったら、違う方に歩き出した。首を傾げていると、いつもと違う方の校舎の屋上に来たから章大を見た。
「なんでこっち?」
『あっち邪魔入るかもしれんやん』
あ、大倉くんか。それは納得。
ちょっとは気にしてくれてるみたい。
屋上の端っこまで移動して、タンクの陰に隠れてフェンスに凭れ座った。ここなら扉からも教室の窓からも見えない。
...聞いて、みようかな。怖いけど、ずっと心配ばかりじゃ、心がもたないもん。
「...昨日、どこ行ってた?」
『学校に居ったで。話してた。っていうか、相談?』
「...誰と、」
『...ゆかり。...その事気にしてドラマとか言うたん?』
「...........、」
『最近たまに変な顔してたんもそれ?』
「......変な顔って、」
顔を上げた章大が私を見て片方の口端を上げた。ちょっと意地悪な笑い方。
そのまま見つめられたからちょっとドキッとした。ずっと無言で見つめられて、耐え切れず目を逸らして俯いた。
『...この前言うたやん。亮と付き合うてんねんで。何心配することあるん?』
「......聞いてない、」
『...ぼーっとしてえっちなことばっか考えとんのやもんなー?』
「ち、!だから、違うってば、」
章大が、クスクス笑っている。
うそ。いつだろう。本当に聞いてなかった。...多分。
章大がいつに無く優しい顔をしたからドキッとした。そのまま唇が触れて、ちゅっと音を立てて離れる。
『...顔真っ赤』
「......焼けたのかも、」
『5分で?』
「...そう、」
『ふぅーん』
こういう意地悪なとこは変わってない。でも好き。本当に私って章大相手だとドMだな、とか思ってみる。
「...浮気、かと思った。...最近、妙に優しいし、...無駄に誘ってくるし、」
『...あ?んなわけないやろ』
「だって、」
『...逆やんか』
「...え、」
『お前が浮気せえへんようにしてるんやろ』
...どういうこと?意味がわかんない。
キョトンとした私を睨むみたいに見ながら章大が言った。
『#name1#、大倉みたいな奴に免疫ないやろ?』
「え?」
『ちょっと優しくされたら、すぐ着いて行きそうやんか』
「...そんな、失礼な、...」
『詐欺に引っかかるタイプ』
詐欺より章大の誘惑の方が巧妙な手口のような気がするけど。
「...そんなことないし、」
『...冷たいから、とか、俺のせいにされたら嫌やし』
あれ?もしかして、照れてる?
...なんかそれ、嬉しいなぁ。
『...嘘。...ずっと好きで居って欲しいから。やから優しくすんねん』
きっと私、さっきより顔真っ赤だ。
本当に章大って誘惑常習犯。
あんな台詞を言い放ったにも関わらず、涼しい顔をした章大が、私の顔の横を両手でがしっと掴んで優しいキスをした。
『たまに冷たくしたるわ。...ドMやもんな』
慌てて首を横に振るけど、章大が口の端を上げて笑った。
でもやっぱり、天使も悪魔もどっちも好き。章大だから、好き。
End.
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