euphoria


幸せの扉


過去。

--------------------------------

『今日、遊びに行きたいです』
「行けばいいと思います」
『...ちゃうやん、そうやなくて、...#name1#んちに行きたいってことやんか、』
「...だと思った。いいよ」
『んふっ、やった』

ちょっと嬉しそうな隆平を見て、ちょっと可愛いなとか思って口元が緩んだから、手の甲を口に当てて隠した。

付き合ってまだ一週間。
まだキスもしていない。完全に友達の延長が続いている。

正直隆平のことをそんなに好きではなかった。でも隆平はそれでもいいんだと言った。一緒に居られるだけでいいんだと笑っていた。

ずっと友達だったし、戸惑った。
隆平は優しくて、私にはみんな以上に優しくて、なんか健気で、迷って迷って付き合うことに決めた。
今は付き合って良かったと思っている。

『まるちゃーん』
『はーい』
『辞書ありがとう!助かった!』
『どういたしましてー』
『あ、まるちゃん!』
『はいはーい!』
『私にも辞書貸してー!忘れちゃったー、』
『ええよー。はい、どうぞー』
『ありがとう!』

隆平はモテる。優しい上に気が利くんだから当たり前。毎日毎日休み時間になると、教室には隆平を呼ぶ声が響く。

私のところに戻って来た隆平と目が合うと、ん?と首を傾げて言ったから、笑って言った。

「相変わらずお優しいですねー」
『そんなことないやろ。貸しただけやんか』
「それがいつもだから優しいって言われるんだよ」
『#name1#にはもっと優しいで!』
「そんな機嫌取りいりませーん」
『そんなんちゃうから!』

こんな私のどこがいいんだろう。私って素直じゃないし本当に可愛くない。
あれ、何なんだろう、この感じ。ヤキモチ?...まさかね。


放課後、私の家に向かって並んで歩いていると、隆平がチラリと私を見た。目が合うと、ぎこちない笑顔を見せて私の手を取った。
手を握った隆平が、本当に嬉しそうな顔をしていたから、ちょっとだけ心が暖かくなった。

しばらくの沈黙の後、隆平がさっきとは違う本物の笑顔で私を見た。

『#name1#んち初めてやし、楽しみやなー』
「...可愛い部屋じゃなくてガッカリするかも」
『せぇへんよー。好きな子の部屋やで?入れるだけで幸せやんか』
「私の部屋じゃなくても、隆平はテンション上げてそうだよね」
『そんなわけないやん!』

あ、またやっちゃった。友達感覚が抜けないからか、すぐにこんなことを言ってしまう。

『そんなんやったら、好きやなくてもいいなんて、言わへんよ』

隆平は意外にも、にっこりと笑って私を見ていた。だから、こんなことを言ってしまった自分が恥ずかしくなって俯いた。
...わかってる。隆平の気持ちは痛いほど伝わって来ている。いつでも、好きだと言われてるみたいに。

ふと思った。
隆平は笑っているけれど、こういう私の言葉が隆平を傷付けていたんじゃないかと、今更そわそわし出した。

隆平を見れば、私の視線に気づいて
『どうした?』
と笑顔で問いかける。その顔に擽ったい様な気持ちになった自分に、何故か焦ってしまって
「なんでもない」
と誤魔化した。

玄関の鍵を取り出して差し込むと、
『誰も居らんのや』
と隆平が言ったから、ドキッとしてしまった。そうか、良く考えたら二人なんだ。

自分の部屋に隆平を招き入れると、嬉しそうな顔で部屋を見回した。

『なんか#name1#って感じやな!...いつもここに居んねやぁ』

そんなことを言われたら恥ずかしくなってしまったから隆平に背を向けて、座ってと言った。

下からジュースを持って来て部屋のドアを開けると、隆平がテーブルに置いてあった写真を見ながら笑っていた。
去年の夏、みんなで海に行った時の写真だ。

『こん時めっちゃ楽しかったなぁ。また行こうや』
「そうだね」
『あー...でも行くなら、...二人がええかな、なんて!』
「...いいよ」

隆平が驚いた顔で私を見た。だから目を逸らして写真を見つめた。

『......ほんまに?』
「...隆平の奢りね」
『......もちろん!』

照れ隠しのつもりが、また可愛くないことを言ってしまったと思っていたら、隆平が、それはもう本当に嬉しそうに満面の笑みを浮べていたから、思わず笑ってしまった。

隆平と目が合うと、満面の笑みから優しい微笑みに変わって私を見つめる。

『...よかった。俺が好きや言うてから、一時期俺の前で笑ってくれへんかったから、』
「...そう、だっけ、」

あ、やっぱり気にしていたんだ。
じゃあやっぱり、私の何気ない一言にも、傷付いたりしているはず。

『...#name1#』

呼ばれて顔を上げると、隆平が真っ直ぐに私を見ていた。

『...キス、していい?』

急にそんなことを言われて、動揺した。鼓動が早くなって、多分私、顔赤い。

「...そんなこと聞くと女の子は、空気読めよ、って思うらしいよ、」
『...#name1#には、...聞いた方がええやろ?』

そうだよね。隆平は、私が隆平を好きじゃないのに付き合ってると思ってるんだから。
でも、どうしよう、恥ずかしい。

「...しないの、?」
『するよ』
「...ちょ、ちょっと待って、なんか、」
『...空気読めってことは、していいんやろ?』
「...こういうのって、あれだよね、」
『もう黙って』

ぶつかるように唇を塞がれた。その勢いで倒れ込んだ私を片手で抱き締め、私の顔の横に肘を付いた。唇が一瞬離れると『顔真っ赤』と隆平が笑った。

私をきつく抱く隆平の腕と顔はいつもと全然違う。知らない男だ。
再び触れ合った自分の唇が震えていて恥ずかしくなった。私の頭を撫でる隆平の手がいつもみたいに優しくて、ドキドキする。

自分が思っていたよりもずっと、私は隆平のことが好きだったみたいだ。

『...好きやで』
「......私も、」
『え、す、す、』
「...好き、みたい、」
『......まじか、』

隆平が苦しいくらいに強く、私を両手で抱き締めた。震えるような吐息が首筋にかかって、隆平の思いを知る。
...やっぱり、ずっと辛かったんだ。

「一回しか言いません、」
『...え、?』
「このまま聞いてね」
『...うん、?』
「...素直じゃなくて、ごめんなさい、」

私を抱き締めたまま、ふふっと笑った隆平が優しく私の髪を撫で、耳元に唇を寄せた。

『...好きになってくれて、ありがとう』


End.

- 2 -

*前次#


ページ: