euphoria


護る為に守る約束


...本当にしちゃったんだ。
目を閉じてじっとしていると、気怠さの残る腰がはっきりとその事実を伝えようとしている。
後悔はしていない。...と思う。ただ、彼が私を想ってくれる気持ちが嬉しくて、幸せでたまらなかった。だからあの人のこともこれからのことも、今は考えないようにしていた。

『大丈夫?』

彼の指が腰に触れ、強く掴まれていた辺りを掌で労わるように撫でながら言った。瞼を開いて彼を映せば、さっきまでの熱の篭った目はいつもの優しい色へ戻っていた。

「犯した相手に大丈夫?とか、普通言う?」

笑って見せれば彼も笑って腰を引き寄せ唇が柔らかく触れる。
...久し振りにちゃんと笑えた気がしていた。あの人の前では無理をして、安田くんの前では誤魔化すようにしか笑えていなかったのだから。

私を柔らかい表情で見つめてまた抱き寄せると、胸に顔を押し付けるようにして抱き締められて、彼が私の髪に鼻を埋める。
未だに少し早い彼の鼓動を頬に感じながら目を閉じてその体温を感じた。

『...これでよかった?...とか、聞かへんよ。そんなええ奴ちゃうから、俺』

ゆっくりと目を開けてその言葉の意味を考えていた。
すると抱き締める腕に力が篭って、熱く吐き出された吐息が髪を揺らす。

『最初に誘ったんも、ここに連れて来たんも、...迷ってんのわかってて無理矢理抱いたんも、俺やねん』

彼はきっと、私の気持ちを理解し過ぎている。私の葛藤を見抜いて、少しでも私の心が軽くなるように、そんな言葉を吐くのだ。自分が悪者になって、私に逃げ道を作ってくれるのだ。

『弱みにつけ込んで、#name1#を自分のもんにしようとしてんから』
「...違うよ」

違う。望んでいたのは他でもない私なのだから。密かに想っていた彼に手を差し伸べられて、自分から手を伸ばしてその手を掴んだのは私だ。

「“好きでしょ?”って、私に聞いたよね?...私の気持ち、気付いてたんでしょ?」

腕の力を緩めて少し距離を取ると、私の手を取って指だけを絡め、笑って目を逸らす。

『...どうやろ、わかれへん。...でもな、なんか俺に言うてる気がしてたんかも。#name1#の目が』
「...助けて欲しかったのかも」

思わず目を伏せた。
安田くんに対してそんな事を思った事はなかった。だから自分で自分の発した言葉に戸惑う。私は、ずっと誰かに助けて欲しかったのだ。

繋いでいた指を引いて抱き寄せられ近付いた唇に、啄むように優しいキスが落とされた。肩を押されて彼が私の体を跨ぎながらベッドに仰向けに張り付けられる。
両方の頬を包んで柔らかいキスを繰り返すと、徐々に舌が這い、唇を開いてその舌を誘い込んだ。ゆったりと絡められる舌が心地良い。次第に高ぶって荒くなる呼吸がふたりの隙間から零れる。その呼吸さえも奪うように深く濃いキスが続き、唇が離れると同時に解放された熱い吐息。彼を見上げると、頬を包むその指で頬を一度撫でた彼の目が私を映した。

『...助けるよ』

彼の言葉が心に刺さった。貫かれたように動けなくなって呼吸が苦しい。じわりと胸に熱が集まって、何だか泣いてしまいそうで彼をただ見つめた。

『俺が助けたる』

再び塞がれた唇は彼の熱で焼き尽くされそうに熱くて涙が込み上げる。それを零してしまわないようにきつく目を閉じると、彼の手が慰めるように髪を撫でるから一粒涙が弾き出された。



幸せな夢を見ていた。
ふわふわとした温もりに包まれて、ただただ安心して笑っていた。隣にいるその人の顔は見えないけれど、手を伸ばして呼んだ。
“ 章大 ”
初めて口に出したその愛しい名前は照れ臭いけれど、その名を呼べることがたまらなく幸せだ。
“...章大 ”

ゆっくりと瞼を上げると、彼が覗き込むように私を見て笑っていた。

「...おはよ、」

何だか照れ臭くて視線を逸らして言えば、私を抱き寄せ甘えるように頬を私の髪にくっつけた。

『もっかい言うてよ』
「え?」

聞き返して彼に目を向けた私に柔らかく笑って唇同士を触れさせる。

『章大ーって』

夢の中の出来事だと思っていたから顔が一気にカッと熱くなる。彼の期待した顔を見てしまうとやっぱり恥ずかしくて言えない。

『...おはよ、#name1#』
「...おはよ」

ふふ、と息を漏らして笑いもう一度キスを落とすと、体が密着するように擦り寄って深く唇を合わせた。

『まだ時間あんで』
「...うん」
『もっかいしていい?』
「............、」
『...しよ。』

彼の唇も指も掌も、その声も熱でさえも、どうしてこんなに心地が良いのだろう。どうしてこんなに幸せな気持ちになるのだろう。一つ一つに愛が込められているみたいで、その愛が私の心の隙間を埋めるように私の中を満たして行くから、苦しくなる。どうしようもなく苦しくて、愛が溢れてしまいそう。



章大のマンションを出て自宅までの道程を歩きながら溜息を吐いた。それが耳に届いたのか、少し前を歩いていた章大が振り返って笑う。

『少しだけやで』

私の手を取って握ると、またゆっくりと歩き出す。ほんの数分の温もりを味わうように力を込めた。
けれど章大が自宅とは逆方向に角を曲がり広い公園に入ると、大きな木が並ぶその木陰で手が離れ足を止め、振り返って私を見つめた。

『インターホンの履歴も消したし、これからは、鳴らすのもやめる』
「...うん」
『俺と会うたこと、先輩には内緒な』
「...わかってるよ」

また私の左手を取って指を絡めると、その手を、その薬指にはめた指輪を見つめた。

『会いたいねん』

指輪から私に視線を移し、強い意志の宿る目で私を見つめる。

『疑われたら、会われへんようになる。...会いたいから、バレたら困んねん』

...わかってる。わかってるよ。私だって同じ気持ちなんだから。

『...だから、誰にも内緒やで』
「...ん」
『俺らだけの秘密な。約束』

深く頷くと、章大が私の髪を撫でて優しく微笑む。そして、言い聞かせるように視線を合わせ、柔らかく、けれどしっかりとした口調で言った。

『護るために、守るんやで』



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