euphoria


夢と共に消えたい


上からシャワーを降らせ、濡れた章大の唇にキスを落とされる。章大の髪の先から滴り落ちる雫も、その濡れた髪の奥から私を見つめる瞳も、見惚れてしまう程の色気を纏っている。心地良い温度と体温に包まれて、幸福感に胸があたたかくなるけれど、ふとその幸せの中に浮かんでしまう現実。
幸福感で満たされたはずの胸は、じわりじわりと力を込められたように徐々に締め付けられ息苦しくなっていく。

唇が離れて章大の首筋に濡れた髪を押し付ければ、その髪をふわりと撫で頭に唇を押し当てられた。章大の腰に回した腕に少し力を込めると、ますます切なく胸が軋む。

『...どうした?どっか痛い?』

セックスをして、ふたり抱き合ったまま微睡んでいると、あっという間に半日が過ぎてしまう。
こうして抱き合っていたって、少しずつ現実に戻って行くのだ。数時間後には家であの人と顔を合わせ、居心地の悪い空間がまた訪れる。

「......帰りたくないなぁ...って」

押し当てられていた章大の唇が、孤を描いたように感じた。頭をポンポンと撫で、包み込むように抱き締め直して章大が笑う。

『あは、泊まってく?』

そんな事出来るはずないと、私も彼もわかっている。充分過ぎるくらいわかっているけれど、その言葉はやっぱり少し嬉しい。

『...俺も。帰したくないなぁ』

目を閉じてみると、今包まれている温度も香りも、まるで夢の中みたいでそのまま消えてしまいたくなる。夢の中の自分になって、私自身が目覚めるのと同時に、章大と一緒に消えてしまえたらいいのに。

頭に手を添え私を覗き込んだ章大に、掬い上げるようにして唇を奪われた。
唇をぴたりとくっつけ、甘く舌を絡め、愛おしむように見つめ、逃がさないように肌を滑り抱き寄せる腕に包まれて、上気せてしまいそうな頭で章大の事だけを考えた。



シャワーから出てメイクをしていると、私の携帯がメッセージの受信を知らせるメロディを鳴らしたから、少し期待してしまう。
いつもみたいに“遅くなる”なんてメッセージだったら、もう少し章大と居られるのだから。
けれどそれは期待したようなメッセージではなくて、ふっと息を零した。

ふと視線を上げると、章大が私を見て困ったように笑っていた。なんとなく居心地が悪くて画面を消してバッグに携帯を押し込み、グロスを取り出した。するとその手を掴まれて孤を描いた唇が寄せられた。

『待って。塗る前に』

不貞腐れたように見えたのだろうか。宥めるように優しく唇が触れて、目の前で章大が笑った。

『嬉しい』
「...え?」
『最初は、俺ばっかや思てたから』

後頭部を撫でるように手が触れて、髪に指が差し込まれた。

『今はめっちゃ感じる。#name1#の愛』

頭の後ろの掌に引き寄せられてもう一度キスをした。
怖くなる。会う度、声を聞く度、触れる度に、どんどん好きになってしまうから、怖い。もう離れることなんて出来ない。彼が私の中からいなくなってしまう事なんて、考えたくもない。

幸せになればなる程、私達の関係の儚さを思い知らされる気がして苦しくなる。
けれど、それを章大に知られるわけにはいかない。きっと章大は、私を逃がすから。自分一人が悪者になって、私を解放するから。だから、絶対に章大には言わない。


少し前に章大と別れ家の前まで来ると、ガレージに車が無いことを確認して家に入った。するとすぐに車の音がしたから、気合いを入れるように深呼吸をする。

『ただいま』
「おかえり」

リビングに入って来た夫は、いつもはすぐに寝室に行って着替えるのに、今日は新聞を手に取ってソファーに座った。

『...出掛けてた?』

急な質問にドキリとした。今まで私の事に興味なんて示さなかったくせに。

「...うん、ランチ。友達と」
『ふーん』

友達と、なんて余計な事言わない方が良かったかな。...やっぱり、疚しいことがあるとあれこれ考えてしまう。
夫はそれだけ言うと寝室に入って行った。

...何だったんだろう。どうして急にそんな事...

...すると、ふと思い出した。
もしかすると、ケーキ屋で会ったあの子が。
不思議と、こういう勘は良い気がしている。当人達か章大に聞くしか確かめる術はないのだけれど、妙に納得していた。そしてまた、いつものように心に靄が出来ていくのだ。こんな思いは捨ててしまいたいのに、私には章大だけでいいのに。

会えない時間を思うと胸が締め付けられた。早く会いたい。早く満たして欲しいのに。けれど、あの人が誰かと会うその時間を利用して章大と会うという現実は皮肉でしかない。
考えてしまえば楽にはなれないのだから、あの温度と香りを思い出して彼だけを想って、夢の中に会いに行く。



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