euphoria


孤独が生む焦燥感


金曜の夜、夫から飲みに行くと連絡があった。この前とほぼ同じタイミング。出来上がった料理は2人分で、溜息を吐いても苛立ちは治まらない。

章大に連絡してみようかと携帯を見つめるけれど、少し躊躇う。あの人が家を空けるたびに章大に会いに行くことが当たり前になってしまうのが怖かった。
けれど、諦めきれない自分もいるのだから戸惑う。

“何してる?”

探るように送信したメッセージになかなか既読は付かず、数十分後にメッセージに返信があった。

“ごめん!今友達と飲みに来てた!”

その文面から“友達”が夫ではないことがわかり、心に余裕がなくなる。私は章大の交友関係は全く知らないし、これからだって紹介してもらえることもないのだ。今一緒に居るのが同僚かもしれないし、女性かもしれない。見えない相手への嫉妬は醜いとわかっているのに。

そもそも私は、章大のなんなんだろう。彼女...ではないし、所詮名前も付けられないくらいの相手なのだ。だとしたら、章大がもし私以外の誰かとセックスしたりしたとしても、文句なんて言えるはずもない。何より、私がしている事が正にそれなのだから、私が兎や角言えることではないのだ。

家に一人で居るなんていつもの事なのに、今日は途轍もない孤独感に襲われていた。これも、贅沢になり過ぎた罰なのかもしれない。逃げて心地の良い世界へ足を踏み入れた上、欲張りになり過ぎた罰。
何も考えないでただ会う時間だけを大切に出来たら幸せなはずなのに。



夜中に目が覚めた。
ベッドに転がっていたらいつの間にか眠りに落ちていて、時計を見れば午前3時を回っていた。

リビングの電気が点けっぱなしで、寝る前に消したかどうかも思い出せないけれど、起き上がって寝室を出た。
部屋を見回すけれどあの人が帰宅した様子はなく、玄関に行って靴を確認してもやはりそこにあの人の靴はなかった。

寝室に置きっぱなしにしてきた携帯を取りに行ってメッセージを確認する。
章大からのメッセージが来ているのを確認したけれど、そこにあの人からの連絡はない。
飲みに行くとは言っても、それ以外の連絡無しにこんな時間になることなんて今まで一度もなかったのだから少し心が波立つ。
章大から届いていたメッセージを開けば“ 寝た?”という短いメッセージ。けれどこんな時間に返信すれば起こしてしまうかもしれないし、モヤモヤした気持ちは残ったままだけれどそのまま携帯の画面を消した。


浅い眠りの中何度も目を覚まし、外が明るくなってベッドから抜け出した。
昨日の夕食の残りの朝食を摂り終えても、あの人は帰って来ないし連絡もしてこない。
どうして私は、あの人に呆れて諦める事が出来ないんだろう。「また」とか「どうせ」とかで片付ける事が出来ず、どうしていちいち傷付いてしまうんだろう。
章大に会いたいのに、よくわからない複雑な心が重苦しい憂鬱を生み出していた。


午前10時を回った頃、気持ちを切り替えるために買い物に出ようと準備していると、玄関のドアが開く音がした。
正直、どんな顔をして何を言っていいのかわからずにソワソワしている。

リビングのドアが開いて顔を覗かせた夫と視線が絡むと、すぐに目が逸らされた。

『...悪い。寝ちゃってさ、友達んとこで』

バツが悪そうに目は合わせないけれど、何故か不機嫌そうにも見えるその態度が私を苛立たせる。
なんであなたがそんな顔するの。

「...連絡くらいしてよ」
『だから寝てたんだって。連絡出来るかよ』

開き直ったようなその言葉に、眉間に皺を寄せて俯く。けれど言い返したって気分が悪くなるだけなのだから、ぐっと堪えて言葉は飲み込んだ。

『...なんだよその顔』

顔を上げれば、私より遥かに苛立った顔で私を見ているあの人。

『俺は飲みにも行っちゃいけないわけ?』
「そんな事言ってない」
『お前とは違うんだよ。自分で稼いでんだから別にいいだろ』

...なんでこんな事を言われるんだろう。私は作ったご飯を一人で食べて、一晩中一人きりで過ごしただけだというのに。

「...何が違うの」

昨夜の孤独が苛立ちとなって口調に表れた。だから、こんな事を言っても無意味だとわかっているのに。

「...私は稼いでないからずっと家で家事だけしてなきゃいけないの?専業主婦になれって言ったのはあなたでしょ...」

私の何がいけなかったのだろう。どうして私以外の人がよくなってしまったんだろう。どうしていたらこうならなかったんだろう。
...わかるはずもない。今更わかりたくもない。

『...両立も出来ないくせに』
「そんな事なんでわ」
『嫌なら出てけよ!』

その一言で、体が固まったように動かなくなった。ただ込み上げてくる涙を零さないように、唇を噛んで必死に耐えた。息を吐き出すと、やっと動いた足が少し震えていた。バッグを掴んで最後に精一杯あの人を睨み付け、家を飛び出した。



『びっくりした...。どした?あ、すぐ行く』

インターホンを鳴らすと、プツリと部屋と繋がる音がしたと同時に章大の声がしてすぐに途切れる。バタバタと部屋の中で足音が聞こえて本当にすぐにドアが開き、驚いたように、心配そうに私を見つめる章大。

「...行くとこ、なくなっちゃった」

最後に睨みつけたあの人は、罪悪感を抱えたような表情で私を見ていた。その顔が浮かんで目の奥が熱くなったから、俯いたまま精一杯笑って見せた。
ちらりと章大を見上げれば、瞬きも忘れたように私を真っ直ぐに見ていた。



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