euphoria


それにはワケがあるんだぜ


...とんでもないものを見た。
屋上の扉を開けた途端に目に飛び込んできた光景は、友達のキスシーンだった。

『...え、何...?な、...え?』

押し倒された章ちゃんが俺に目を向けると、章ちゃんを押し倒していたマルも俺を見て、二人が苦笑いを浮かべた。

『...何、してるん、』

それしか言葉が出てこない。けれどマルはあっさりと章ちゃんの上から退いて、章ちゃんも起き上がった。横にあるコンクリートの染みに目が行ってドキリとしたけれど、隣にペットボトルが転がっているから生々しいものではなさそうだ。

『...章ちゃんじゃやっぱ物足りひん...』
『なんっやねん!急にしてきたくせに!』

...よかった。とりあえず友人達は超ギリギリ正常の範囲内にはいるみたいだから安心した。けど、正直きしょい。

『だって抱き締め返してくれへんやん!』

正常範囲内、ではなさそうだ。
マルに対しては厳しい章ちゃんがマルの胸ぐらを掴んだのを横目に見ながら言った。

『マル、さっき担任がデカイ声で探してたで』
『え!うそ!』

うん、嘘。せやけどずっとここに居られたらちょっと邪魔やねん。悪いけど。

慌てて駆け出したマルに続いて、章ちゃんが俺に手を振ってから屋上を後にした。
...憂鬱、っちゃー憂鬱だけど、俺にとっては大事な時間。ほんっまに俺ってドMやなぁ...。

たった今までギラギラ照り付けていた太陽は、急に雲に隠れて隙間から控えめに光を漏らす。
暑くたってそこ居ってくれてよかったのに。雲ばっかしの空見たら、急にまた憂鬱になるやん。

フェンスに凭れて端に座るとすぐに屋上のドアが開く音がしたけれど、そっちに目は向けなかった。待っていたみたいで気まずいから。...待ってたんやけど。

「...なんか、曇ってきたね」
『おん』

俺の隣に腰を下ろしたそいつに、やっぱり目は向けない。...顔を見ると、いつも苦しくなってしまうから。

「...雨降るかな」
『さぁな』
「傘持ってないのに」

俺を見たのが視界に入ったから仕方なく目を向ける。目が合うと、やっぱり耐え切れずに俺の方から目を逸らしてしまった。

『入れたらへんし』
「あは、持ってるんだ?」
『...だから、入れたらへん』

突き放すような態度はいつものこと。
苛立ってるから当たるわけではないし、苛めたいわけでもない。こうしていないとつい優しくしてしまいそうで、いつもこんな態度を取ってしまう。そのくせ傷付けてしまっていないか顔色を伺っているんだからどうしようもない。

「...いいじゃん、入れてくれたって」
『.....俺ちゃうやろ』

ゆっくりと俺の方を見たから、目は合わせずに笑って見せた。笑っているくせに、自分で言ったくせに、胸が痛い。

『入れて欲しいのは、俺の傘ちゃうやろ』

...ほら、またこんな意地悪言うてもうた。こいつが、好きな男に「傘に入れて」なんて言えないのをわかっていながら。

...けど、お前も悪いねん。なんで俺やねん。よりによって、なんで俺に相談なんかしてくんねん。

「...もー、いいよ...濡れて帰るし」
『つーかまだ降ってへんし』

唇を尖らせた横顔を見て、やっぱり後悔する。胸が痛い。苦しい。なんで俺はこんな思いをしてまでこいつと居るんだろう。

今この瞬間にも俺ではない他の誰かのことを考えているこいつを、雨が降ったらきっと、俺は教室まで迎えに行ってしまう。
...俺、めっちゃ健気やろ?


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